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「どの子も愛情持って製作していますけど、やっぱりオーロラは僕にとって特別なんです。よく見てもらうと分かるんですけど、このサイズで足の指関節まで動かせるように作っているんですよ。でも球体関節の部分はなるべく見せずに、滑らかなシルエットの連続性を損なわないよう作っていて。それから──」

 朗義の持つ悪癖の一つである。ドール、特にオーロラの話題となるや否や饒舌になり、周りが見えなくなる。実際に製作した張本人であればこそ、語れる内容には限りがないというのも性質たちが悪い。朗義は樹の目を見据えてはいるものの、その視界には何も映っていない。

「肌に関しても透明感はもちろん、感触としての硬度も追い求めました。実際に触ってみると分かるんですが、キャストドールとしては微妙に柔らかく作ってあるんですよ。レジンの調色も、そんな感触が視覚からも伝わるように温かみを少しだけ持たせたりとか。この子に向き合っている最中からずっと、自分の子供のように接してきました。未だ傷一つ知らない少女の肌とはどういうものなんだろうとかずっと考えていて、一時期は高校時代の友人を頼って、そいつの赤ちゃんに合わせてもらってたりもしたんですよ。話を持ちかけた時は怪訝な顔をされましたけどね、ははは。それとグラスアイの虹彩も……あ」

 はっと我に返り、ぽかんとした表情を浮かべている樹を見て思わず頭を抱えた。

「すみません、熱くなってしまって」

「ふふ、いえいえ。本当にお人形さん、好きなんですね」

「自分にはこれしかありませんから。特にオーロラのことになると……興味ない話でしたよね」

「そんなことないです、少しびっくりはしましたけど。どれだけ大切にお人形さんたちと接しているのかが分かりましたから。城戸さんのそういう話、もっと聞きたいです。私」

 樹は優しく微笑んで、自ら朗義に語りかけた。

「オーロラちゃんの胸元にある宝石も素敵です。黄色い輝きでもゴシックな雰囲気に馴染んでいて……」

「スフェーンっていう宝石で、まさしく店名の由来なんです。自分の想いを全部詰め込んだ子だから、それを象徴するものがいいかなと。宝石のカットから勉強して、自分でやったんですよ。やっぱり、フルハンドメイドにこだわりたかったので」

「へえ……象徴っていうのは、石言葉みたいな?」

「ええ、スフェーンが象徴するのは──」

 突如、二人の談話を遮るように店先の扉が音を立てて開いた。

「朗義、店にいる時でも入り口は閉めておけ」

 低い声にふと振り返ると、一人の男が立っている。普段着としては異様な作務衣姿、整った目鼻で黒い長髪を後ろで括ったその容貌は、朗義にとって飽きるほど見てきたものだった。

「今日は休業日だろう、製作はどうした」

 男はつかつかと足音を立てながらこちらに迫ってきた。逆光のせいで顔に影が落ち、やけに威圧感を帯びて見える。

「いや、お客様がいらっしゃって」

「そこのお嬢さんか。逢瀬の最中かと思ったが」

「勝手に勘違いすんなよ」

 店内の明かりをつけると同時に、男の顔に落ちていた影が消える。顔に走る皺や白髪混じりの長髪と無精髭があらわになっても、何故か清潔感だけは損なっていない。疑うことのない色男であるが、四十五という年齢を考えれば順当に老けているのだろうな、などと朗義は思うのであった。

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