第26話 嗅ぐな!
「これさ」
「うん」
「私が買おって言ったら、きいちゃん困るでしょ」
「……なんでわかる」
図星だった。
「分かるよ。だってきいちゃんだもん」
「説明になってなくない?」
「説明になってるよ」
なってるらしい。本人はそう言う。
さっちょんは、キーホルダーからそっと指を離して、代わりに隣の棚に置いてあった、小さめのリップバームを手に取った。
パッケージに動物のイラストがついてるやつ。
「こういうのの方が、今はちょうどいいんだよね?」
今は……ね。
今はっていうことは、今じゃなかったら、未来だったらって話がちゃんとあるってことだ。
つまり。
つまり、さっきのペア系とか、ハート割って一個ずつ持つやつとか、そういうのを今じゃないどこかで普通にやる可能性がある。
そんな話を、さっちょんは何でもない顔で言っている。
この子は、さらっと未来形を出してくる。
私の頭の中は、その一瞬でぎゅんぎゅん回転した。
——未来。
——この先。
——今より先も、ふたりでいる前提の話。
やめろ。そういうの、一番効く。
今だけじゃないって言葉は、告白に近い。
いや、多分私にとってはそれ以上。
私は、リップバームを受けとった。
パッケージには、小さい白いアザラシみたいなのが描いてある。丸くてころんとしてる。
それを親指でなぞりながら、なんとか平常心を装って言う。
「……こういうのなら、貰ったら、普通に嬉しい……かな」
「普通に嬉しい?」
「うん。普通に」
「普通に、ね?」
さっちょんは二ヤっと笑って、私の肩を軽くつついた。
「じゃあさ」
「ん」
「普通に嬉しいものでプレゼント交換する?」
えっ。えっ。ちょっと待って。
その交換する? はもうほぼあれじゃん。
お互い用意してこようねって公認じゃん。
それってもう、完全にそういうやつじゃん。
友チョコとかのノリで押し通せるけど、内側の意味はぜんぜんチョコじゃないやつ。
ヤバい。
ヤバいけど、めっちゃ嬉しい。
「……うん」
声が出るより、首が先に縦に動いた。反射で。
もう止まらなかった。
やったぁと、さっちょんは小さく言った。
そのやったが、子どものアイス買ってもらえた級に素直で、私は一瞬、胸のあたりがじわって温かくなった。
それ、ずるい。
そういう顔をされると、私は期待しないでおこうといういう安全装置をどんどん捨ててしまう。
だってこの子、素で喜んでる。ちゃんと喜んでる。
私と約束することを、こんなふうに喜んでくれる人、他にいない。
「リップ買う?」
「買う」
「じゃあそれ、きいちゃんっぽいやつ選んで」
「どれ?」
「んー、みかん」
「なんで?」
「きいちゃんの匂い、冬みかんっぽいから」
「しないよ、多分」
「するよ」
「断言しないでもろて?」
「するもん」
「嗅ぐな!」
「嗅ぐよ?」
「嗅ぐなって言ってんだろ!」
店の真ん中で、私は小声でぎゃーぎゃー言いながら、両手で顔をおおった。多分今、耳まで真っ赤。
さっちょんは、それを見て嬉しそうに笑っている。
無理。心臓が持たない。
匂いで覚えられてるって、ずるい。
ちゃんと一個の生き物として見られてるって感じがして、ものすごく、温かくなる。
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