第21話 クリスマスは……

 十二月は街全体が勝手に浮かれる。


 別にこっちが浮かれますって許可出したわけじゃないのに、街灯にデカいリボンが巻かれてたり、スーパーの入り口にツリーが立ってたり、BGMがやたら鈴の音になってたりする。


 私の家の近くのドラッグストアでさえ、入口にサンタ帽かぶったパンダみたいな謎のぬいぐるみが置かれて「ポイント5倍」とか書いてある。あれは宗教というより経済の匂いがするけど、でも見た目だけはちゃんとクリスマスだ。


 十二月は、空気の温度も変わる。

 十一月は肌寒いだけだったのに、十二月はもう寒いってハッキリ言っていい。

 朝の息はちゃんと白い。指先は手をポケットに入れてないと本当に痛い。耳たぶが風に当たって少し赤くなる。


 そして何より、話題が変わる。


「で、クリスマスどうすんの?」


 ホームルーム前の教室で、その言葉はほぼ挨拶より自然に飛ぶようになった。

 おはよー、と同じ軽さでそれ来る。普通の会話みたいに投げられるけど、内容としてはまあまあ残酷だと思う。


 予定ない人は若干の敗者みたいな空気を、みんな半笑いで共有してくるから。

 私はまだその空気に慣れてない。

 クリスマスって、そんな周回チェック科目だったっけ。冬の期末かよ。


「うちは彼ピとデート〜」


 って嬉しそうに言える女子が、一人増えた。


「えーやだーいいなー」「え、どこ行くの?」「イルミ?」


 と、周りがわっと近づく。机四つ分くらいのスペースが一瞬でクリスマス特設コーナーになる。


 さっちょんはその輪には混ざらない。

 混ざらないけど、完全に離れもしない。窓際の自分の席に座ったまま、あごに手を乗せて半分ぐらい聞いてる。


 入る気になればいつでも入れるし、呼ばれればすぐ行ける距離。

 私はその隣の席にいる。教科書開くふりをしながら、耳だけは全部そっちに向いてる。


「さっちょんは? クリスマスどうすんの?」


 はい来た。

 教室の前のグループから、こっちに声が飛ぶ。

 その言い方がほんのすこし特別扱いっぽいのも、私はもう知っている。彼女の予定はちょっとした共有イベント扱いにされる。いやいや国民的アイドルか?


「さつきモテるんだから、誰かに誘われてんでしょ〜?」


「絶対あるでしょ〜?」


「んー」


 さっちょんは、少し考えてるふりをする。指先で頬を押して、わざとらしく目線を上にあげて。


「クリスマスはきいちゃんだからなあ」


 さらっと言った。


 私は一瞬でペンを落とした。ガチャンって結構大きい音になった。


「やっぱり〜〜ww」


「はい出た〜w」


「親友ちゃん優先いただきましたーw」


「彼ピ涙目〜w」


「いや彼ピなんて居ないんだけどねぇ~」


 教室どよめく。いや「どよめく」は大げさだけど、実際そんな感じだ。クラスの空気がふっと暖かくなって、みんなが「はいはい尊い尊い」って笑って終わらせてくれる。


 この反応にはもう慣れてる。これまではなかったけど、つい最近ら固定化してきた「うちのクラスのネタ」だ。


 ただ、問題はそこじゃない。

 私の問題は、今のそれを聞いた瞬間に、心臓が跳ねたことだ。


 心臓が跳ねて、同時に、変な意味で安心してしまったことだ。


 ……ちゃんと言ってくれた。


  この言葉は、もはや教室の安全とかを越えて、私の胃に直接効く。

 クリスマスはきいちゃんって、そんなデカい日付を普通の声量で確定するの、何回聞いても刺さる。あれ、告白とかより生々しいと思うんだけど。どう考えても。


 でも、それを言われてしまった私は、結局嬉しい側に傾く。

 嬉しくて、それがちょっと情けなくて、その情けなさを親友だからでまた包む。


 ほんと器用にやるよね、私たち。ずるいよね、って自分でも思う。

 さっちょんは、私のペンが落ちたのを見て、机の下でつんと私の膝をつついてきた。


 生きてる? の合図。だいじょうぶじゃないけど生きてるわ。


「……ちょっと待ってもらっていい?」


 私は小声で言った。


「何を?」


「私の気持ち」


「えっ待つの?」


 さっちょんはちょっと笑って、声をひそめる。


「何分?」


「分単位で聞かないで。最低でも今日の帰りまで」


「今日の帰りまで我慢しなきゃいけない感じ?」


「して。して欲しい。心臓が倒産する」


「心臓が倒産ってなに」


「経営が傾いてるの」


「それはやだね」


 さっちょんはそう言って、当たり前みたいな顔で私の手首に指をかけた。袖の内側に、こそこそっと指先を差し込んでくる。ほんの少しだけ、触れるというより、確認するみたいに。


 こうやって触れられると、私の方の平常心が一旦どこかに逃げ出す。

 でも同時に、落ち着きもしちゃう。ややこしい。


 これがあるから私はちゃんと学校に座ってられるっていうのも本当だ。

 さっちょんは、最小限だけ触って、すぐ手を引っこめる。授業前で人もいるから、それ以上はしない。


 そういうライン引きがうまいの、ほんとにズルい。色々わかってやってるな、って感じがする。



 ホームルームが始まる。出欠と、冬休みのしおりみたいなプリントが配られる。


「二学期終業式について」「防寒具について」「インフルエンザに気をつけましょう」

 とかいう、毎年ほぼ同じ文章。


 その紙に12月24日(火)とプリントされてるのが目に入った瞬間、私は意味もなく裏返した。


 24日。


 私はその日、もう予定がある。しかもその予定は、親友だからで通してるくせに、心のどこかではデートって言っていいのでは? って期待を膨らませてしまってる。

 やばい。この期待、やばい。


 期待って一番ムズイ感情なんだよ。裏切られたとき一番効くやつだから。

 なのに、私はもう勝手に期待してる。止まらない。


 私は深呼吸した。落ち着け。気持ちを整えろ。授業に集中しろ。

 そう思った時点で、今日はまったく集中できない日だって確定してしまった。


 ……数学、終わったな今日。



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