9日目:筆記用具

 姉が家に来てから、ほとんど寝るために帰ってきていたような部屋が少し明るくなった気がする。何よりも「ただいま」を言える相手がいるっていうのはとてもいい。それだけで家に帰るのが楽しみになる。


 思えば、家に帰ってきて安心して話せる相手がいるっていうのは姉が失踪してからいなかった気がする。姉が帰ってこなくなって母は新興宗教にのめり込み、父は仕事とアルコールに逃げた。俺は俺で、高校時代は家に帰りたくなくて夜遅くまでその辺をふらふらしていた。ファミレスでドリンクバーで粘りながら、ボールペン一本使い切るまでひたすらノートを黒く塗りつぶしていたこともあった。俺、病んでたな。


 高校卒業と一緒に都会に出てきて、俺の人生はリセットできたはずだった。でも結局人生ってのは積み重ねで、何かから逃げてきた奴は結局どこにも落ち着くことなんか出来なかった。誘われていった合コン、会社のバーベキュー大会やボウリング大会、思い切って街コンとやらにも参加したことがあった。でも、どこにも俺の居場所はない。


「お帰り、エージ」

「ただいま」


 帰ってきたら姉がいる。この事実は黒く塗りつぶしたくなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る