永遠を願った僕と、閉じ込められた魔女、デジャヴの街の恋

チャイ

前編:魔時町の黒い星

スノードームを見つめる。黒い星がうごめく。飛べない小さな魔女は泣き疲れて座り込んでいた。


春に院に進学したとき「わざわざ地方の大学院?ダサ~」って母校の友達に言われたけど別に平気。

憧れの教授に見てもらえるしね。


秋の初めにようやく安くて落ち着く学生向け物件が見つかって、僕は隣町のマンションから魔時町に引っ越してきたんだ。学校からは少し遠くなったけど、まあオッケー。

そして今は10月も終わりに差しかかる。


坂が多くて路地が入り組んでて、迷いやすいのが意外と楽しい。

せた「頭痛薬」のホーロー看板、郵便ポストは円筒型、木製の電信柱。

なるほどねぇ。

角を曲がると、また黒猫。


「っていうか、最近デジャブ多すぎじゃない?」

独り言を言うと、黒猫がこっちを見た。


まぁ、迷子は僕がわざと回り道や寄り道を選んでるからってのもある。町をさまうの、もはや趣味かも。探し物やら忘れ物、ありそうでなさそう、なさそで……、そんな気分で。


今日だっていつもの道を右に曲がったら、ツタの絡まるレンガ造りの塀の古い洋館が出てきてあわてた。隣りの古民家には「魔時屋まじや」の看板。なるほど古道具屋さんかぁ。


今も黒猫と目があった。朝から何度目?

あ、もうすぐハロウィン。


「こんにちは」

猫は「ニャア」と返事をした。

友達に「猫と会話してる」って笑われるけど、僕は猫派。


今日だっていつもの道を右に曲がったら、ツタの絡まるレンガ造りの塀の古い洋館が出てきて焦った。隣りの古民家には「魔時屋まじや」の看板。なるほど古道具屋さんかぁ。


並木道のゆるやかな坂を登り切って図書館に着いた。

僕は目をとじた。最近寝不足で妙にあいまいなこの一年の事を。

そして、はっきり覚えている彼女と出会ったときのことを。



彼女に初めて会ったのは、引っ越してすぐの頃。通称“旧館”と呼ばれる古い図書館は、迷路みたいに入り組んでて、ちょっとした冒険気分。


「迷ってます?」 絵本コーナーで声をかけてきたのは、黒いワンピースにアイボリーのカーディガンを羽織った女の子。袖が少し長めで、少女っぽい雰囲気。


「えっと、言語学の資料を……」 本当は漫画を探していたのに、つい見栄を張った。かっこつけたかったんだ。一目惚れだったから。


「三階の奥、右から二番目の棚ですよ」 彼女は読んでた絵本を閉じて、にこっと笑った。絵本コーナーはハロウィン飾りでにぎやか、絵本もそれにちなんだ本が並んでる、魔女とかね。


「魔法の本、好きなんですか?」 僕が聞くと、彼女は笑って「うん。遠くに行きたいって、いつも思ってるから」と答えてくれた。

「あー、あるよね。ここじゃないどこかへ行きたいってやつ」分かった風に返すと、彼女はふふっと笑った。その笑顔にドキドキだ。


勇気を出して、僕は初対面の彼女を誘った。 「教えてもらったお礼に、よかったらお茶でも」

「えーと……」

「僕、この町に越してきたばかりで、いろいろ教えて欲しいなって」

「……それなら、いいですよ」


彼女のお気に入りの喫茶店に連れて行ってもらって、僕らはたくさん話した。 注文したのは、季節限定のかぼちゃチーズケーキ。


またデジャヴ。彼女がチーズケーキのビスケット台のシナモンの香りが好きって言った瞬間、知ってる気がした。

「ああ、シナモンっていいよね」絶対使わないスパイスの名前が、すらっと出てきた。

「かぼちゃとシナモンって、相性いいんだよ。好き」フォークを持ったまま、彼女が微笑む。


シナモン、なんだか呪文っぽいね、魔術っぽい。後で調べたら大昔はミイラの防腐剤や媚薬びやくとして使われてたらしい。



あっという間に師走。研究に追われるせいか、季節は駆け足だ。まさか年のせい?二十歳過ぎるとヤバいとか?記憶が妙にあいまいで困る。

昨日お風呂でシャンプーしたか覚えてないなんて、ヤバすぎだ。


「そういえば、この前まで半袖着てたよね?」

こんな感じだから、春夏のことなんて覚えてない。でも、みんなそうじゃない?あんなに暑かったのにさ、夏は秋の雨が何度か降るうちにどっかに消えちゃった。


研究室の窓から見えるキャンパスには、ダウンやコートの学生たち。こんな寒空の下でも、みんな元気そう、なんだかまぶしい。っておじさんぽい。


僕だって明日はデートだ!心はあったか。


翌日、冬空は低くどんより曇って、吐く息は真っ白。耳が冷たい。スクランブル交差点を二人で歩いてると、彼女が手を伸ばしてきた。ドキッとして、そっと握り返す。

ショーウィンドウにはクリスマスツリー。やっぱりこの季節っていいな。


突然雑踏の中で肩がぶつかり、僕は振り向いて謝ろうとしたけど、その人の姿を見失ってしまった。

おじいさん?なんて足が速い!どこかで会った人の気がした。でも、この町に知り合いは、いないはず。ハテナと頭をひねる。


「この時期にすれ違った、懐かしい人……、それは天使かサンタクロースよ。私もこの前、天使様に会ったばかり」彼女は目を輝かせる。となると、今、僕がぶつかったのはサンタってこと?まさか。


「なんでそんなにうれしそうなの?」

「この聖なる季節に、懐かしき天使や聖なる者に出会えし者、なんじ、胸の前で手を組み、心にて三たび願うがよい。さすれば、その願い、聖夜にそっと叶えられよう」

「へえ、面白いね」僕は調子を合わせた。初カノだし、彼女の目を見ると、俄然信じたくなった。


「やっぱりそれもこの町の伝説?」

「そうよ、魔時町まじまちの人ならみんな知ってる」

魔時町。改めて思う、奇妙な名前だ。


「で、君は何を願ったの?」

「ヒミツ」彼女はマフラーに顔をうずめて笑う。

「でも、二人で、どこか遠くに行けたらいいな」

え?それって、そう言うことだよね?いきなり耳が熱くなった。

「旅行!いいね、南がいい?それとも北の方?」あ、声、大きすぎた。クスリと笑った彼女が大人びて見えて、なんとなく気落ちした。上がったり下がったり忙しすぎる。


「じゃあ、僕もさっそく三回唱えてみよ」

三回の反復、言語学的には、繰り返しが意味を強化する。呪文の基本構造だ。

欲張りな僕の願いはこうだ。

「君との仲がずっと永遠に続きますように」

彼女の表情が、一瞬だけ曇った気がした。立ち止まって、僕を見上げる。


「ふふ、素敵な願い事。でもね、永遠なんてつまらなくない?」

ハテナな僕、意味深な彼女の微笑み。まただ、年下のはずなのに、時々知らない大人に見える。


あわてて「そうかもね」と同意した。なんて言うか、こんな時どう言っていいか気の利いたセリフが浮かばなかったんだ。

彼女は少し寂しそうに笑った。


「それに、永遠を願った人って、きっと後悔すると思うな」

「そんなことないよ。僕は君とずっと一緒にいたい」

彼女は首を振った。

「それ、やめてよ……ホントに」

真剣な表情だった。

ねぇ?トラウマになるような恋の傷があるの?永遠の愛を誓った恋人にひどく裏切られたとかさ。


僕は話を逸らすように笑った。でも心の中では、もう願い事を唱え始めていた。僕だけは絶対裏切らない。


彼女と永遠に一緒にいられますように。 彼女と永遠に一緒にいられますように。 彼女と永遠に一緒にいられますように。


彼女は僕の手を握った。小さくて、冷たい手。

「ごめんね。変なこと言って」

「ううん、大丈夫」

僕たちは再び歩き始めた。この手、ずっと握ってたいなって思った。



クリスマスイブ。電気あんかとストーブが両方壊れたと言う彼女の頼みで家電ショップに付き添った。ガラガラくじで、彼女にペア旅行券が当たった。なんかすごい。

「天使様に、お願いしたこと、叶っちゃった。クリスマスプレゼントだね、春になったら行こうよ!」

まさか先月、彼女が本当に街で天使と、すれ違ったなんて。


「うん、もちろん」

初めての彼女との旅行、うれしすぎる。買ったばかりの電気ストーブの箱を抱えて二人で彼女のアパートまで歩いた。ずっと春の旅行の話をしながら。

僕の背中のリュックにはリボンのかかった小さな箱。

ちっとも寒くなかった。


天気予報の雪マーク、当たるかな?

ホワイトクリスマスになるといいな。

ううん、これ以上贅沢を願うのはやめとこ。


「サンタさん、クリスマスに僕のあの願い事は叶いますか?」



一年が経ち、彼女と出会った十月終わりがやってきた。町はハロウィンであふれ、街の空気はずいぶんとひんやりだ。

僕の隣に彼女はいない。


別れは去年のクリスマス当日。スマホに連絡が入った。

「地元に帰るね。その前に遠くに遊びに行こうかな。旅行ごめん」


今どきの別れってこんな一言で済ませるの?

家族に何かあった?急過ぎない?それとも前もって決めていたの?ぼくら、遠距離恋愛できるはずだよ。

僕は君に永遠の愛を誓ったのに。


結局ふられたんだ。失恋したわけだ。想いは失われていないのに、恋だけ消えた。

子どもっぽい僕に嫌気がさしたなら、そう言ってくれればよかったのに。


僕はあきらめず必死で連絡を取ろうとしたけど、全部ダメ。「現在使われておりません」というアナウンスが流れるだけ。


数日後、彼女のアパートへ。ドアを叩いていると、大家さんが声をかけてきた。 「あの人なら、もういないよ。昨日業者が来てたね」

話好きの大家さんによれば、家具も荷物も驚くほど少なく、黒づくめの細身の男がニヤニヤしながら段ボールを運び出していたという。

しかも、迷惑料って言って封筒まで渡してきたらしい。妙に上機嫌なかんじで。

その男は家族?親戚?それとも……。


「あの、大家さん。その男の連絡先とか、彼女の行き先とか、分かりませんか?」

「女の子の行き先は知らないね。男の方は、店をやってるって言ってたよ。魔時屋って名前だったかな。市内に三軒あるってさ。そうだ、チラシもらったんだった。持ってきてあげるよ」


希望が見えたが、すぐに裏切られた。チラシには「高価買取いたします!遺品、終活、お引越し、片付けならおまかせください」とあるだけ。肝心の連絡先がない。スマホで検索しても出てこない。こんなことってある?

チラシを丸めて握りつぶす。 彼女は最初から計画的だったのかもなんてね。


彼女の会社の友人にも話を聞いた。彼女は会社を辞めていた。

「あの子って昔から気まぐれだからさ。そのうち、また会えるって」

明るい髪色のその人は、僕と同じ年らしい。でも、なんか大人っぽく見えた。


「昔からって……いつから?彼女のこと、いつから知ってるの?」

気づいたら、声を荒げて涙まで浮かんでた。その人は困った顔でポケットティッシュを差し出してくれた。



十月三十一日。万聖節の前日、つまりハロウィン。


街一番のスクランブル交差点。信号が青に変わった。ぼんやりして、歩き出すのが遅くなった。

ベビーカーを押した黒服の女性が前からやってくる。黒いロングスカート、マント風のコート。何とかよけてホッとした。


さっきのベビーカーに乗っていた子ども――

オレンジ色の帽子に、ブランケット。頭しか見えなかったけど、まん丸で、笑っているような、不思議な顔。

すぐに振り向いたのに、親子の姿はもう見えない。

誰かに似てる気がして、既視感きしかん、不思議な気分になった。


交差点を渡り終えて思いだした。ベビーカーに乗っていたのは、ジャックオランタン!たぶんかぼちゃの帽子をかぶった子だろうけどさ。


それでもいいよね?

町ですれ違って懐かしい気がしたあの子は、きっとハロウィンのカボチャ大王なんだ。

魔時町の言い伝えは、ハロウィンにも有効。

きっと彼女なら、そう言うはず。


僕は願い事を三回、早口で唱えた。

彼女に会えますように。彼女に会えますように。彼女に会えますように。


近況ノートにレシピカードの画像あります。

作中に出てきたパンプキンチーズケーキです。🎃ハロウィンに作ってみませんか?

基本混ぜて焼くだけ。でもビスケット台作るのがちょっと面倒かな。


https://kakuyomu.jp/my/news/822139838362289300


材料と作り方部分は下のページで。


https://kakuyomu.jp/my/news/822139838362594238

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