第3話

〜樹 Side〜


​ウチの名前は桐谷樹きりたにじゅり。東京の大学に通う大学二年生たい。


​学部は法学部。将来は弁護士か検事になりたか。地元は福岡県。なんでか知らんけど、博多弁が抜けんのよ。困ったもんたい。標準語で喋りたかとに、感情が入ると、なんでか博多弁になってしまうっちゃん。いつか標準語ばマスターしたいとよ。


​ウチには悩みがある。悩みちゅうとはね……色んな男がひっきりなしに声ば掛けてくることたい。なんでかウチは男にモテるみたいやけど、ウチはそげん美少女やなかと思っとうとよ。


そやけど大体の声ば掛けてくる男は、ウチの身体目当てちゅうとは分かっとう。


いつんたって目線はウチの胸かお尻に入っとうもん。それと顔。


​ウチは軽薄な男は大大嫌いばい。ウチには理想の男性像があると。


​寡黙で優しくて、ウチより背が高くて歳上の男性が好かんね。で、いざちゅう時に見返りなしでウチば助けてくれる人。


​どっかにそげな男性はおらんとかなぁ〜。


​生活費と学費は両親が出してくれとうけど、さすがに交際費までは出してちゅうとは言えんけん、ウチはバイトばすることにしたと。ちょうどウチのマンションの近所でコンビニ店員のバイトば募集しとったけん応募したら、なんでか面接もなしに採用になったっちゃん。なんでやろうね?


コンビニでバイトばしとると、やっぱり男性客に絡まれてしまう。ただ、ウチが絡んで来た男性客に対して対応すると、微妙な顔をされた後に、舌打ちとか暴言ば吐かれてしまうと。やっぱり博多弁のせいやろうか?まあ、声ば掛けてくる男性客はウチの好みやなかけん、助かっとうとはあるけど。


​――導入の直前


​そうやって、ウチは今日も平和なバイトの時間を過ごしとった。平和ちゅうても、時々来るめんどくさい客の対応に追われとるちゅうだけやけど。


​「お前、さっきから何を言っているか、全然分からんぞ。もう一回ちゃんと言ってみろ」


​「だから、ポイントカードは持っとらんちゅうことやけん! これ以上、言わせんとって!」


​ウチは少し語気ば強めて言い返した。相手は、いつもウチに絡んでくる常連客やった。


しつこいとに、ウチの言葉が通じないフリをして、いつまでもウチの顔ば見て、楽しんどると。本当にしゃーしか(うるさい/面倒くさい)!


​「いいから、店長を呼べ!方言でヘラヘラ笑って誤魔化すな!」


​「ヘラヘラなんか笑っとらん! ウチはちゃんと仕事ばしよると!」


そげなことを言いながら、ウチの視線はレジ横の棚ば探してしもうた。


​(今日もあの人は来んとかな……)


​ウチがバイトば始めてから、時々、一人の男性客がタバコば買いに来るようになったと。タバコの銘柄はセブンスター。ウチより背が高くて、痩せとって、いつも黒いバイクに乗っとる人。顔は……正直、ちょっと怖か。目つきが悪うて、口元に古傷がある。でも、誰にも話しかけんし、用事もタバコを買うだけ。寡黙で、ウチの顔ばじろじろ見たり、身体ば見たりすることもなか。


​ウチの理想の男性像に、限りなく近か人。


ただ、いざちゅう時に助けてくれる人かどうかまでは、わからん。そやけん、ウチはいつも遠目から、そっと思いば馳せるだけやった。


そして、その「理想の男性」を思い描いとる時に、そいつは現れた。


​「ぬるいだろうが! アイスコーヒーだぞ? 水みてぇなもん出しやがって、金返せ!」


​ウチにいつも絡んでくる常連客とは違う、酔っ払った中年男やった。アイスコーヒーに難癖ばつけて、怒鳴り始めたと。さっきまでおった常連客も、酔っ払いの剣幕にビビってさっさと逃げていった。


​「す、すんません……。新しく作り直しますけん、どうか……」


​ウチは慌てて謝ったけど、酔っ払いの怒鳴り声は収まらん。ウチは心臓がバクバクしとって、標準語なんかこれっぽっちも出てこんかった。


​「ていうか、金返せっつってんのが聞こえねぇのか? あぁん?」


​カウンターば叩かれて、ウチの身体はブルッと震えた。


​「すみまっ……せん! ウチが悪いけん、店長に言うて、ちゃんとお金は返しますけん! どうか、もう、大きな声は出さんとってください!」


​恥ずかしさとか、怖さとかで、ウチの顔は熱うなる。


​「なんだ、その変な喋り方は。気持ち悪ぃな、あぁ?」


​博多弁ば馬鹿にされて、悔しくて、情けなか。完璧な美貌とか、頭脳明晰とか、どうでもよか。今、ウチは、誰かに助けて欲しかった。


​その時やった。


​酔っ払いの後ろに、巨大な影が立っとるのに気づいたとは。


​「うるせぇな」


​低くて、地獄の底から響いてくるような声。


​ウチはハッと顔ば上げた。


​そん人は、まさしくウチが思い描いとったあの人やった。


​黒いライダーズジャケット。怖い顔。そして、口に咥えられた一本のセブンスター。彼は酔っ払いに、何も言わずにただ睨みつけとる。


酔っ払いは、まるで毒蛇に睨まれたカエルみたいに、一瞬で顔色ば変えたと。


​(あ……)


​ウチは、自分の心臓が、今まで経験したことのないくらい強く跳ねたのば感じた。


彼が、ポケットからタバコの煙の匂いが染み付いたグローブをゆっくり外したとき、ウチの頭の中で、全ての歯車がカチリと音ば立てて噛み合った。


​彼が酔っ払いば追い出して、静寂が戻ったレジカウンター。彼はいつものように、ウチに一言だけ言った。


​「セブンスター、1箱頼む」


​いつもの寡黙な態度。ウチの顔なんか、見ちゃくれん。


​でも、ウチは知っとう。あの時、あの怖か顔の奥で、ウチば守ろうちゅう優しか気持ちが揺れていたのを、ウチだけは、ちゃんと見たっちゃん。


これや! これこそが、ウチが求めていた「いざちゅう時に見返りなしで助けてくれる」人。


​彼は、ウチの人生の宝物やった。


​ウチは慌ててタバコば用意した。手が震えとった。

​彼がお金を払って、お釣りとタバコば受け取って、そのまま店ば出ようと背中ば向けた瞬間、ウチは気づいた。このチャンスば逃したら、ウチの人生は、もう二度とこの人に会えんかもしれん。


​「ちょっと待って!」


​ウチの声は震えとったけど、博多弁で一気に熱量ば上げた。


​「あんた! あんた、名前は? ウチの名前は桐谷樹。ウチあんたに、一目惚れしたっちゃん! 逃がさんけんね!」


​ウチの人生は、この人のためだけに、今、動き出したと。




続きが気になる方は コメント ♡ レビュー ☆を宜しくお願い致します。














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