パーティに加入する
シャリテの発言で、場が凍った。
第一印象は最悪だ。
「私が、雑魚か……やっぱり面白いよ、シャリテ」
「様をつけてください」
シャリテは張り付けた笑みを崩さず、淡々と話している。
「これは失礼。シャリテ様、よければ私と手合わせをしませんか?」
「興味がありません。私は武者修行中の身、忙しいのです」
いや、武者修行中だったらなおさら手合わせするべきだろ。
と言いたくなるのを抑え、俺は再びシャリテに目線で語りかける。
「そうですか。では、こうしましょう。あなたが勝ったら、馬車で街までお送りします。事情があるようですね?」
「これも修行です。お気になさら……」
シャリテが俺をちらりと見て、何かを察してくれた。
「いえ、手合せしましょう」
「そうこなくては。私が勝ったら、シャリテ様には私のパーティーに入ってもらいますよ」
エペは有無を言わさず決定し、仲間の元に戻っていく。
見た目では分からない
「ウラ、これでよかった?」
「上出来だ。どちらに転んでも、俺たちには得がある」
「よく分からないけど、あの人を倒せばいいってこと?」
「経験だよ、経験」
俺はシャリテの肩を軽く叩き、やる気を出させる。
今まで何百人もの勇者を見てきた俺は、相手がどういう戦い方をするのか、雰囲気で分かる。
だが、エペについてはシャリテにあえて伝えない。彼女には成長してもらう必要があるのだ。
舗装された道を壊さないように、少し離れた場所に移動する。
そよ風が草を揺らし、決闘直前の緊張が流れた。
緊張しているのは俺だけで、シャリテは面倒そうに、エペは余裕そうに立っていた。
この世界で初めて生で見る戦闘だ。今後の俺の計画を左右する強さの指標が、この瞬間に決められる。
「では、私が放った矢が地面に刺さったら開始でお願いします」
弓を構えた少女が宣言をし、矢を空に放つ。
高く上がった矢は重力に逆らえず、地面へと戻ってきた。
シャリテが指を動かす。
同時にエペが剣を構え、その切っ先を彼自身の首元に合わせた。
プツンと何かが切れた音がする。
「魔法の糸、ためらいもなく首を狙いますか。ただ、実戦経験はなさそうですね」
エペは笑顔のまま、剣を振りながらシャリテに近づく。
シャリテは飛び道具では
彼女の両手両足が薄く光っている。魔法の糸とやらが、拳と
「やはり
俺は感心した。武器を使わない勇者は非常に珍しい。
シャリテの身体の動かし方から、ある程度の戦い方は予想できていた。以前、確かに剣を握っていたが、ほんの少しぎこちなかったのだ。
シャリテは右足を一歩引き、右手を
エペはそんな彼女を見て、忠告する。
「私の剣は魔法の糸では止められません。降参するなら今のうちですよ」
シャリテは何も返さない。
「腕や脚でしたら仲間が繋げてくれるので、死なないでくださいね」
エペが剣を振った。
それはシャリテの左腕を切り飛ばす軌道を辿った。
金属同士がぶつかった鈍い音が響く。
左腕に当たった剣が、そのまま止まっている。
エペは剣を動かすことができない。
よく見ると剣が光っている。
シャリテの左腕に巻き付いていた魔法の糸が、彼女と剣を固定させたのだ。
シャリテはそのまま右足で地面を踏み込み、右拳をエペの顔面めがけて突き出した。
綺麗な右ストレートが決まったかと思われたが、それは
「なん、で……」
シャリテが一瞬油断し、その隙に彼女の腹には剣先が当てられていた。
「私の勝ちだね。驚いたかい? 実はもう一本、剣を持っていたんだ」
エペが左手に持っていた短剣をシャリテの腹から
見事だ。
俺はこの結果を分かっていた。
エペは剣士ではあるが、剣だけではない。彼の本領は、相手の認識を操る力だ。
「確かに顔を殴った。でも空振りだった。なぜ? でも、顔はそこにあった」
シャリテは初めての敗北に対し自問自答している。
「視覚情報が、変えられていた……」
少しの間の後、気づいたように顔を上げた。
流石は勇者、成長が早い。
「正解。実戦だったら死んでいましたよ、シャリテ様、いや、シャリテ」
エペが答え合わせをして、右手を差し出す。勇者パーティに迎え入れたのだ。
俺は『うんうん』と保護者の気持ちで、その様子を眺めていた。
シャリテに必要なのは場数だ。今回の手合せで、彼女は自分の足りないものを理解しただろう。
冷静に考えたら、俺も実戦経験ないんだよな……
考えないようにしよう。
俺はシャリテに駆け寄り、ねぎらいの言葉をかける。
「お疲れ様です」
「ウラ、ごめん……」
「いえいえ。これが武者修行というものですよ、シャリテ様」
膝を抱えて座り込むシャリテは、初めて感じる”悔しさ”によって精神が不安定になっているはずだ。
俺に親心が芽生え始めていると、エペが爽やかな笑顔でシャリテに右手を差し出した。
「これからよろしく、シャリテ」
シャリテは当然のように無視をした。
「ははは、困ったな。とらえず、良い手合せだったよ。一人の剣士として感謝したい」
エペは素っ気ない態度をとられたにもかかわらず、爽やかな笑顔のまま応対する。
さすがのシャリテも立ち上がり、諦めの表情で握手をした。
一瞬だけ、彼女の瞳が暗くなった。
「仲間になってくれるかい?」
満足気に頷くエペが、再度提案する。
シャリテは少し悩み、頷いた。
「じゃあ、行こうか。これは運命の出会いだ」
エペがシャリテを引きつれて、馬車へと向かっていった。
俺はその光景をただ眺めていた。
勇者同士、切磋琢磨して欲しいのは山々だが、あのエペっていう奴は俺が思っていたよりも強い。
ただ、この程度の試練を乗り越えられないことには、シャリテが魔王を倒すなど、夢のまた夢。これも経験だと、静観を決めるべきか……いや、安全策はとっておこう。
俺は指先から、黒い雫を地面に落とした。
それは小さな人形となり、シャリテの後について行く。
頑張れよ、ミニボス。
俺の応援に呼応するように、人形は右手を上げ、親指を立てた。
これから彼の、壮大な冒険譚が始ま……
「ウラ、なにしてるの?」
シャリテが不思議そうに振り返った。
「学長には報告しておきますから、思う存分武者修行に励んできてください」
「違う。ウラも来る」
シャリテが話した言葉に、エペが少し驚いた表情を見せた。
思っていたよりも強い勇者は、二人いたようだ。
俺は素晴らしい収穫に感謝する。
「シャリテ、彼は連れていけない。彼のためでもあるんだ」
「だったら私も行かない」
「くっ……分かった。君、乗りな」
エペは嫌そうな顔を隠さず、俺を馬車に
「お世話になります」
俺は愛想笑い全開で、誘いに乗った。
何かを忘れている気がするが、まあいいだろう。
再度馬車に揺られることになった俺。隣にはシャリテが居る。
「なんでシャリテ様が勇者だと分かったのですか?」
気になったていたことを、正面に座るエペに聞く。
彼は答えようとしない。ちなみに、他のパーティメンバーにも俺は無視されている。
「なんで?」
シャリテが声を発した。
「シャリテ、そんなに気になっていたのかい? 全く仕方がないな」
エペが笑顔で説明を始めた。
すごい、俺は相当嫌われているようだ。
「魔力だよ、魔力。私ぐらいの実力を持つと、人特有の魔力の波長を見ることができるんだ」
「そうなんだ。気にしたことがなかった」
「ははは。シャリテはもっと他人に興味を持った方がいいよ」
なるほど、勇者には勇者特有の魔力があるのか。
二人の会話を聞き、俺は一人で感心していた。
なんとなく、シャリテとエペが勇者だと認識した。そして、学長が勇者ではないと決めつけた。
それは、俺が裏ボスとして
しかし、勇者を勇者たらしめるものが魔力だったとは……
うん、そもそも魔力ってなに?
これからも感覚で生きていこう、そう決めた俺だった。
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