揺れるなぎさ、君の声が聞こえる
帆影
第一話 無口な少女
波の音を聞いたことはあるか。
教室のざわめきの向こうには、今日も変わらず海が広がっている。
「ねえ、なんで黙ってるの?」
「”あ”って言ってみてよ」
教室の隅で、白石渚は黙ってうつむいていた。
三人の女子が、彼女の机を囲んで問い詰める。
どんなに声をかけられても、渚は言葉を発さない。静かにうつむいているだけだ。
「ごめん。用があるんだけど」
俺が口を挟むと、女子たちは不満げな顔をしながらも、すぐに離れていった。
その背中を見送りながら、ため息が自然と漏れる。
「……大丈夫か」
渚が顔を上げる。返事はない。
それでも、俺は気にせず言葉を重ねる。
「あいつら、ほんと懲りないな。毎日のように囲まれてるよな、お前」
その言葉に、渚の瞳が一瞬揺れた。
悲しげで、でも少しだけ抵抗しようとしているような、そんな揺れに、胸がちくりと痛んだ。
「ほら」
俺は机の上から大きなホラ貝を取り、渚に差し出した。
「お前の伝えたいことを、ここに込めてみろ」
渚はホラ貝を抱き、目を閉じて静かに祈った。
その仕草に、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……込めたか?」
渚はゆっくり目を開け、そっとホラ貝を差し出してきた。
透き通った青い瞳が、儚げに俺を見つめる。
俺はホラ貝を受け取り、静かに耳に当てる。
渚が少し身を固くして息を呑む。
耳を傾ければ、波の音がかすかに聞こえてくる。まるで渚そのものを映すような、穏やかで柔らかい音だった。
「そんなに緊張するのか?」
ぷくりと頬を膨らませ、渚は俺のお腹を軽く叩く。
ひとつひとつに力はこもっていないのに、その仕草には微妙な抗議と、少しの可愛らしさが混ざっていた。
「悪い悪い。いつもありがとう、だろ? ……わかってるって」
渚は頬を赤く染めて俯く。
その小さな姿に胸が締め付けられた。
――ああ。本当に、どうしようもなくかわいいやつだ。
俺、小豆沢柊斗が、白石渚と関わり始めたのは、一か月前のこと。
あの日、海辺で出会ったのが始まりだった。
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