第12話 勇者の剣

「フェリス・ハートスライスぅぅぅ!」


 ギリアンの雄叫びが炎の中から聞こえる。そして薄紫の雷と炎を大剣に纏わせた彼は、瞬きを許さないほどの速度でフェリスを突き刺そうとした。


 僕は右手に握る宝石に力を込める。その先は体がすでに知っていた。考えるよりも先に、体は跳び、フェリスに向かうギリアンの大剣を受け止める。


 右手を見ると、いつの間にか赤い小刀が握られていた。獲物を裁くためのナイフしかない刃であるのに、大剣を軽々と受け止められている。


 切り結ばれた刃を隔て、ギリアンの顔が怒りで歪んでいく。


「貴様。平民風情が、なぜ勇者の剣を! 血よりも紅く染められた剣をなぜ扱える! ワシたちを差し置き、勇者の剣を振るうな!」


 ギリアンの体は雷で包まれていき、僕の赤い小刀を弾く。返す刀を受け止めて、剣を支点に反転し、彼の胴体を蹴り上げた。


 屈強なはずの彼の肉体が、まるで羽のような重さに感じた。僕の膂力すら以前と比べ物にならないほどに上がっている。



 これが勇者の力かと、驚いていると、はるか頭上からギリアンの声がした。


「死ね。死んでしまえ。誇り高い勇者の力を、魔王を守るためになど、許されてならない」


 僕の見上げた先で稲光の濃度は増し、ギリアンの体は砕け始めていた。崩れ落ちる肉に比例して、剣に纏う雷の量は増していく。


 僕の膂力はフェリスの符呪と勇者の遺物で、強化されている。しかし肉体だけでは

頭上を覆う雷を、受け止められるとは思わなかった。


 僕は足に力を込める。身を呈してでもフェリスだけは守ろうと思った。


 その時、風が吹き、僕の頬が裂けた。一瞬遅れてフェリスの声が聞こえる。


「よくやった。セリア・ノートリアルくん。これが、勇者を支えた大魔導士の倫理超越種りんりちょうえつしゅの大魔法だ。自然使役種とは比べものにならんぞ?」


 フェリスは魔法陣の中央で、指先を直上のギリアンへと向けた。僕が瞬く間もなく、ギリアンの纏う雷が消える。それどころか、周囲の燃え盛る木々から炎が消えた。静止した空間でフェリスの声だけが聞こえる。


大天静止たいてんせいしの大魔法に魅入られたのなら、すべての動きは眠りにつく。体を構成する細胞も、木々も、炎ですら永劫の眠りにつく。そして互いの結びつきが解け、無に帰す。それではおやすみ。ギリアン殿」

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