第3話 無礼に千万
街を出て、舗装された砂利道を半日ほど歩いて、ようやく道が途絶える。広々とした草原が広がり、雑草が腰のあたりまで伸びている。僕は村へと続く獣道を、むせかえるような緑の香りに包まれて歩いた。
体力だけはあるのだから、疲れはしない。しかしこうも身をもたげながら歩かざるを得ないのは、心がひどく疲れているからだろう。
「母さんにどう説明しようか」
僕を送り出した母は、期待に満ちた瞳をしていた。きっと慰めてくれるのだろうけど、落ち込むだろうな。
そう考えていると、足先にグニャリとした柔らかな感触があった。
魔獣の屍体だろうか、と思いながら、先ほど駆け抜けていった勇者一行を思い出す。草木を払うと、黒い塊があった。黒くつやつやとしたローブに包まれており、頭部からは白い肌が見える。
それは少女に見えた。
「大丈夫ですか。あの、蹴ってすみません!」
僕が少女を抱え上げると、頭を包むローブがはだける。白い肌はどこか病弱に見え、首元では赤い玉石のネックレスが揺れていた。隙間から見える髪は長く、空を溶かしたようなまだらの色をしていた。
そして小ぶりな鼻先に木苺ほどの唇があった。そして少女の瞼がゆっくりと開かれる。右目は青く、そして左目は燃えるように赤い、変わった瞳をしている。
まつげは陰を落とすほど長く、昔に森で見たきらびやかな鳥を僕は思い出した。
「無礼千万!! 妾がいかに美しいとはいえ、慎ましい体に足先で触れるなど、天罰が下るぞ! むしろ落とす」
「気にはしないで大丈夫。魔獣の屍体と思っていたから他意はない」
「ようし決めた。おぬしに天罰を下す。絶対に落とす!」
少女は両手を僕の首へと伸ばした。病弱に思えるほどに細く頼りない。そして少女の両手は僕の首に到達するまでに、力を失った。
異様な装いではあるものの、おそらく道に迷った少女なのだろうか。街ではあまり見たことがない。ともかく放っておくわけにはいかないと僕は少女を抱える。そして獣道を駆けた。
抱える少女の体は骨ばっていてひどくやせていた。ただ冷たい体の奥から、陽に手をかざした時のように、暖かさが両手に伝わってくる。
「くそう。こんな男に妾の肉体が触れられておる。屈辱だ。なんたる恥辱」
手足に力が入らなくても少女の口は元気なようだと僕は安心する。
「ねぇ。キミの名前は? どこから来たの?」
獣道を走りながら僕は尋ねる。しかし少女は僕から顔を背けて黙り込む。
まだまだ幼いから照れているんだな。僕がそう考えた瞬間、稲光が走り、雷鳴が轟いた。
空気の振動で僕の肌がしびれた。足を止め、飛び退くと目の前で雷光が光った。驚いて見やると、草木は燃え、むき出しになった地面が焼け焦げていた。
「これはまさか、キミの天罰か?」
僕が問うと少女は首を横に振る。
「阿呆。妾自身にも天罰が当たるだろうが」
少女がバタバタと手足を震わせる。すると、足音と金属の擦れる音がした。僕が振り向くと、大斧を掲げた戦士が歩み寄ってくる。
隣には青い甲冑の男がいて、街で僕を押しのけた勇者だとすぐにわかった。整った顔立ちに金色の髪が目元にかかっている。彼は剣を引き抜き、切っ先を僕と少女に向ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます