第31話 三人娘の日常、業務再開!

 ――物語は少し遡る。

 これはセレスと共にファングレストへ戻った頃のお話。



 揺れる馬車の中、三人娘が肩を寄せ合うように座っていた。


「やっと帰れるね」

 ミナがほっとしたように息をつく。


「ユージ堂、絶対ほこりまみれにゃ〜」

 リーネは笑いながら尻尾を揺らした。


 その横で、セレスはそっと両手を胸の前で重ねていた。


「……私、本当に一緒に帰ってしまってよかったのでしょうか。皆さんの居場所を、私が乱してしまうのではと……」


「当たり前だよ。お前はユージ堂の一員だ」

 俺がそう言うと、セレスの長い睫毛がかすかに揺れる。


「……ユージさんがそう仰るのなら」


 その横顔を見たミナが一瞬だけ眉を下げ――

(また……こうして優しくするんだから……)

けれどすぐに強く首を振った。

(セレスさんは敵じゃない。ちゃんと仲間だよ)


「セレス、帰ったら一緒に片付けしようね」

「ええ。喜んで」


 そんな空気の中、街の門へと馬車は近づいていく。

 ……そして、獣人たちの声が一斉に響いた。


「先生、おかえりなさい!」

「ミナちゃんもリーネちゃんも無事でよかった!」

「セレスさんも……一緒なんですね」


 門番ガルムが手を振りながら駆け寄る。


「うほほっ! 戻ってきたな!」


 セレスは驚きに目を大きくした。


「凄い! 大歓迎ですね!」

「うん みんな歓迎してるよ。癒やし処大人気だもん」

「そうにゃ、セレス頑張らないとにゃ!」


 左右から両手を握られ、セレスの頬がほんのり桃色になる。


「良かった……こんなにも……温かい街だったのですね」


 小さく笑みを浮かべてセレスは呟いたのだった。



 ユージ堂に戻ると、案の定ホコリがふわりと舞い上がる。


「ほらにゃ〜! 絶対こうなってると思ったにゃ〜!」

「言ってないで拭きなよ、リーネ」

「わ、私も手伝わせてください!」


 三人はそれぞれ――

ミナはてきぱき、

リーネは歌いながら軽やかに、

セレスは丁寧に慎重に、

店を磨き上げていった。


(この賑やかさ……懐かしいな)


 そう思っているうちに夕日が差し込み、三人が並んで腰を下ろす。


「明日からまた忙しくなるね」

「看板娘三人体制にゃ!」

「……私、きちんと務められるのでしょうか」


「大丈夫だよ。お前たちがいれば何でもできるさ」


 三人が一斉に笑う――その瞬間、店の扉がこつんと叩かれた。


 開けると、ふわふわの耳と大きな角の羊族の少女が不安げに立っていた。

 前にも来たことがあるお客さんだ。


「ゆ、ユージさん……今日って、もう施術は終わり……ですか?」


「いや、大丈夫だよ。久しぶりに再開したしね。どうぞ」


 羊族の少女――確か名前はルフナさんだったか、は胸に手を当てて安堵した。


「よかった……肩がとても重くて……」


 ミナとリーネは慣れた様子で案内し、

 セレスは緊張しながら湯茶を準備する。


 施術台にうつ伏せになったルフナの霊体がふわりと浮かぶ。

 鹿族特有の淡い緑色のオーラだ。


「じゃあ、軽めに流していくね」


 俺が集中すると、霊体がゆらりと浮かびあがる。

 霊体に指先が触れた瞬間、ルフナの身体がびくんと反応した。


「ひゃ……っ、く、くすぐったいような……気持ちいいです……」


 セレスの肩がびくりと跳ねた。


(えっ……何、今の……? 霊体に触れると、あんな……声が……)


 ミナがこっそり覗く。


(あー、セレスさんの反応……初々しいなあ)


 リーネも横目で見て、にやにや笑う。


(にゃふふ、これはからかいがいあるにゃ)


 俺は気づかず施術を続ける。


「じゃあ按圧法、いくよ。三秒押して……二秒離す」


「っ……あ……ぁ……その……そこ……弱く……です……」


 ルフナの甘い息が漏れ、

 セレスは顔を真っ赤にして口元を押さえた。


「み、ミナさん……リーネさん……あの……これは……」

「大丈夫だよ」ミナが小声で笑う

「ユージの施術は強いやつじゃないと、ああなるの」

「そうにゃ、みーんなあんな感じにゃ。セレスももうすぐ分かるにゃ〜」


「わ、私も……ああ……なるんでしょうか……?」


 セレスの耳まで赤くなり、リーネが吹き出した。


「にゃはは、真っ赤にゃ!

 かわいいにゃ〜セレス、新鮮そのものにゃ!」


「からかわないでください……!」


 セレスは涙目で抗議したが、

 耳はぴんと立ち、心は完全に揺さぶられていた。


 やがて施術が終わり、ルフナはとろんとした目で起き上がった。


「はぁ……肩の重さが全部なくなって……ほんとに天国みたい……」


 ミナとリーネは笑顔で見送り、

 セレスはそっと胸に手を当てる。


(……ユージさんの施術って……こんなにも、人を……溶かしてしまうものだったのですね)


 その表情は、驚きと尊敬と、ほんの少しの羞恥が入り混じっていた。


 夕日が店内に落ちる。


「よし……今日からまた頑張ろうか」


「はい!」

「頑張るにゃ!」

「……私も、努めさせていただきます」


 そして――

 三人が揃って声を合わせた。


「いらっしゃいませ」


 その瞬間、ユージ堂に、確かに“新しい日常”が始まった。


 店の外では、セレスの耳がぴくりと揺れる。


(……今、森の方から……霊気の揺らぎ……?)


「どうしたの?」ミナ

「いえ……気のせいかもしれません」


 それは、次の物語へ続く小さな波。

 静かな再開の日は、そっと幕を閉じた。


〈第31話 完〉


【次回予告】


「マーサ婆ちゃんが……私を拾ってくれたんだ」


 孤児だったミナは、どうやってこの街で生きてきたのか。

 強気な笑顔の裏に隠された、深い孤独の痕。


「先生は……私が一番最初に出会った人だから」


 悠司は、ミナの霊体に刻まれた想いを視る。


――次回

第22話「ミナの想い」

おじさん、狼娘の涙を受け止める。


◇◇◇

お詫び。

この章は、迷宮章の前に入れるべき章でした。

しばらくは現状の並びで置いておきますけど

この章が完結すると同時に、この章を第三章。

現状の第三章を第四章と変更させてくださいね。

よろしくお願いいたします。

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