第26話 竜の間(下)
俺は、ゆっくりと按圧法で押し込んだ。
「っ……」
ラグナが、小さく息を呑む。
その霊体から、黒い靄のようなものが滲み出てくる。
「……あやつを、守れなかった」
ラグナが、ぽつりと呟いた。
「我が……罪だ……」
黒い靄が、さらに溢れ出す。
「我は……ずっと……一人で……」
俺は、心兪を押し続けた。
黒い靄が、ゆっくりと消えていく。
「……お前は、悪くない」
俺は、静かに言った。
「お前は、必死に戦ってきた」
「でも、もう限界だ」
「……分かって……いる……」
ラグナの声が、震える。
「だが……我が休めば……封印が……」
「大丈夫。俺が、この迷宮の主を癒やそう」
心兪を、さらに深く押す。
「あ……ああ……」
ラグナの声が、震える。
「もう……休んでいいんだ」
「……休んで……よいのか……?」
「ああ」
黒い靄が、完全に消えた。
ラグナの霊体が、淡い光を帯びる。
「……温かい……」
ラグナが、小さく呟いた。
「こんな感覚……数百年ぶり……」
紅い瞳から、涙が一筋、零れた。
「よし…最後だ」
俺は、ラグナの尻尾の付け根に手を当てた。
「ま、待て…そこは…」
「ここも光ってる」
「そこは…尾の…あ、ああっ…!!」
按圧法。
ゆっくりと、深く押し込む。
「いく…いっちゃう…!」
ラグナの霊体が、ぱあっと光り輝いた。
全身から、淡い光が溢れ出す。
「あああああああっ…!!」
ラグナの絶頂の声が、竜の間に響いた。
◇
「はぁ……はぁ……」
ラグナが、荒い息をついている。
小さな身体が、ぐったりと力を失っている。
「……終わったぞ」
俺は、小さく息をついた。
「大丈夫か?」
「う、うむ……身体が……軽い……」
ラグナが、ゆっくりと立ち上がる。
翼を広げ、小さく羽ばたく。
「数百年……こんなに身体が軽いのは……初めてだ……」
その声は、驚きと喜びに満ちていた。
「貴様の癒やしは真であった」
ラグナが、俺をまっすぐ見つめる。
「……語ろう。我が伴侶のことを」
ラグナは、静かに語り始めた。
「かつて、我ら二頭は、この山で暮らしていた。誰も乗せず、誰にも従わず、ただ自由に空を翔けていた」
ラグナの声が、わずかに震える。
「だが……邪悪な死霊術士が現れた」
ラグナの瞳が憎しみを写す。
「あやつは、我が伴侶を捕らえ……禁忌の術を使った。伴侶は、死霊と化し……厄災をまき散らす怪物となった」
そのちいさな尾をぺしぺしと打ち鳴らした。シリアスな話なのに可愛いな!?
「我は術士を倒したが……伴侶は、元には戻らなかった」
ラグナの紅い瞳が、悲しみに揺れる。
「暴走する伴侶の力は、この国全てを滅ぼしかねぬほどだった」
「故に、我は……選んだ。我に、伴侶を消滅させることはできぬ。ならば、封じ続けるしかない」
その言葉に、深い孤独と愛が滲んでいた。
「もし我が力尽きれば……封印は解け、この国は死の世界となる。グレイヴァルドも、かの者に挑んで敗れた」
ラグナの声が、震える。
「……俺は戦わない。ただ癒やすだけだ」
俺は、静かに言った。
「お前の伴侶を、俺が眠らせてやる」
「……本当に、できるのか?」
ラグナが、俺を見つめる。
「やってみないと分からない。でも――」
俺は、ラグナの頭に手を置いた。
「お前を癒やせたんだ。お前の伴侶も、きっと癒やせる」
ラグナは、しばらく黙っていた。
やがて――
「……我が同胞の眠る場所へ案内しよう」
石座の後ろで、岩壁がゆっくりと開く。
紅の光が奥へと差し込み、温い風が吹き抜ける。
俺は頷き、仲間たちに目で合図した。
ミナがため息をつき、「結局こうなるんだから……」と肩をすくめる。
「でも…ラグナ、可愛かったにゃ」
リーネがにやりと笑う。
「黙れ猫族!」
ラグナが抗議するが、もう威厳は欠片も残っていなかった。
セレスが、静かに微笑む。
「……ユージさんは、本当にすごいですね」
「いや、ただのマッサージだよ」
「ただのマッサージで、古代竜が絶頂に達するとは思えませんが」
「……それは言わないでくれ」
ラグナが背を向け、静かに言った。
「人よ。己の魂を削る覚悟があるなら、共に来い」
その背に続く。
熱と静寂の混じった空気の中、俺たちは最深層へと歩き出した。
〈第26話 完〉
【次回予告】
最深層に眠る、死霊竜。
それは、かつてラグナと共に空を翔けた、伴侶の魂。
「我が友よ……目を覚ませ……」
ラグナの呼びかけに、巨大な影が蠢く。
――第27話「死霊竜の咆哮」
おじさん、最大の敵と対峙する!
◇◇◇
作者からのお願い。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
よろしければブックマークと応援、そしてレビュー【☆☆☆】の方、何卒よろしくお願いします。これから物語を続けていく上でのモチベーションに繋がります。
コメントも頂けると、深く礼をします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます