禍福は糾える布のごとし

真広

第1話 剣を抜く

 昼時のアルデリオン王都は活気に満ち溢れていた。石畳で覆われた大通りには屋台が立ち並び、観光に訪れた様々な人間が行き交っている。

 布を売る商人の服はアルデリオン伝統の濃紺、服の端の装飾はもちろん鉄糸、あの細かさを見れば商品の質もおのずとわかるというものだ。向かいの果物屋は隣国のエスハーム連邦から来ているらしく、服というより布を巻いているようだったが、留め具の煌びやかさは随一である。その隣で菓子を売る女性は、とふとリアンはメモをする手を止めた。

 はあ、と長く息を吐いてから天を仰ぐ。いったいこんなことして何になるというのか。


「おい、何度やれば覚えるんだテメエは!」


 屋台の隙間から鍛冶屋の親父の怒号が響く。縮こまった若い職人の足元には赤色の液体が揺れて、そのうちに鈍色に固まっていく。長らく紡績で稼いできたこの国は今まさに転換期にあった。布から鉄へ。木は炎へ、炎は動力へ。

 半年に一度は行われていた国主催のデザインコンテストに落ち続けて早3年、ついに半年に一度どころか一年に一度になるとお達しがあった。毎度一次予選は超え一度は銀賞までたどり着いたが、それにしたって独り立ちするには弱い実績だった。しかも今は布より鉄、鉄製の紡績機が驚異的な早さで広まると共に武具の生産が声高に叫ばれる世の中になってしまった。

 自分のデザインを世界中の人に、などと言っている場合ではなくなってしまったのである。


「さあさあ、エスハームの果実だよ!」

「アルデリオンの布ならウチが一番安くて質がイイ!」

「あまーいお菓子はいかが~?」

(僕の手には誇れる何かがあるんだろうか…)


 リアンは小さくかぶりを振ると"いつもの場所"へと歩みだした。考えたってしかたがない。こういうときは初心に帰るべきだ。




 王都の中心、ちょうど城を真正面から眺められる位置にそれはある。

 古より伝わる"勇者の剣"。誰も引き抜くことのできない──勇者のみが抜けるとされる伝説の剣。今やカップルが永遠の愛を誓う観光名所になってしまってはいるが、煌びやかな刀身は不思議と錆びることなくそこにあった。

 そしてなにより、柄に施された飾り布が、悠久の時間を経てもなお、作りたての旗印のようにたなびいている。

 金とも銀ともつかない美しい半透明の布が、やわらかく風の存在を伝えてくる。布という誇りがそこにあるような気がして、リアンは落ち込むと剣を眺めるのが常だった。


「あれ」


 違和感に足を止めた。

 いつもなら剣へ向かうための階段は左右どちらも国の衛兵が立ちふさがっていたはずなのに、今は国内外問わず老若男女が列をなし、例外なく剣を引き抜こうと試みては笑いながら台を降りていく。


「勇者の剣、引き抜き体験はこちらだよー!」


 のんきな宣伝文句が耳をかすめる。真紅と鉄糸のアルデリオン様の色彩、しかしどこか異国らしい──薄布で作られた巨大なバルーンスリーブの女性が愛嬌を振りまいていた。


「ほらほら、お兄さんも一度どう?近くで見るチャンスでもあるよ~!」


 呆気に取られていたリアンに向かって彼女が手を振る。

 その奥で気難しそうな騎士がこちらをにらんでいた。屈強の二文字がこれほど似合う男もそういないだろう。


「え、ええっと、これは」

「勇者探しの儀式してるの、お兄さんも一回やってみて、もちろんタダだから!」


 あれよあれよという間にリアンは列の最後尾に押し込められる。ふと目のあった騎士は何か言いたげに口を開けたが、結局あちこち宣伝する女性の方へ向いたきりこちらを気にすることはなかった。

 目の前の友人同士と思しき3人組は、少しはしゃぎながら階段を上っていく。一段一段、長年の風化で少し丸みを帯び始めた石段に足を取られては笑っている。

 リアンはというと、再び騎士へ目を向けていた。鎧なんて──しかも使い古した鎧なんてそう見る機会はない。今のうちに観察しておくのも悪くない。

 一歩階段を上がる。

 武骨でありながら白く丁寧に磨かれた鎧、装飾はほとんどない。そういえばいつも見る衛兵のとはまた違っていた。あれは鉄を打ちっぱなしにしたような作りだったはず。

 またひとつ階段を上る。

 鎧同士を繋げているのは皮のようだったが、目にも鮮やかな真紅をしている。あんな色味の革はそう見ない、新しいなめし方が西方から伝わったと聞いた記憶がある。

 もうひとつ。軽快に動き回る少女について回れるほどあの鎧は軽いのだろうか。鍛え上げられた肉体がその機動力を確保しているのか──。


「次の方!次の方どうぞ!」


 気が付けば3人組の姿はおろか、前方には呆れ顔の神官が一人いるだけになっていた。


「ご、ごめんなさい」

「まったく、早くしてくださいね」


 リアンが剣へと駆け寄る。近くで見る勇者の剣は本当に煌びやかで美しかった。

 近寄れば近寄るほどに、剣そのものに施された装飾の細やかさ、細身なのに重みすら感じる存在感、装飾布の薄さと発光しているかのような光沢──目が離せなくなる。

 半ば自然と、手が伸びていた。


「えっ」


 神官とリアンの口から音が出る。

 柄へ触れるかどうかという瞬間、装飾布が生き物のようにリアンの右手に絡みついて、引き寄せた。

 小さな衣擦れの音、剣による歓喜の声。

 思わず逆手のままリアンは勇者の剣を掴んだ、同時に石と金属のこすれる小さな音がして──剣が台座から抜けていた。

 装飾布はまるで待ちわびた友人への握手のように丁寧に、リアンの肘までを包み込んでいる。

 数秒、都から音が消えた。誰もが目を疑った。それから絹を裂くような神官の悲鳴、出口のはずの階段から聞こえる鎧の音。


「ゆ、勇者が選ばれた──!」


 誰かの叫びにリアンが我に返ると、装飾布はいつものように風にたなびいて、握られた聖剣が静かにその重みを伝えていた。


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