第12話

 隔離期間が明けて、俺たちは隣市のショッピングセンターに向かった。

 出来るだけミュウを人前に出したく無かったのだが、ミュウの身の回りの品を買い揃えなければならない。

 女性用の衣服などを、俺がひとりで買い漁っている光景は気味が悪いだろう。

 一度くらいなら、ミュウを外に連れ出しても大丈夫だろう。


「こちらの世界は広いのじゃな。わらわはこんなに遠くまで出掛けたことはないぞ」

 隣市のショッピングセンターまでは80キロほどの距離がある。

 城郭都市の中でしか暮らしたことの無いミュウにとっては、車に乗って出掛けること自体が新鮮な体験のようだった。

「それに、この車と言う乗り物、随分と速く遠くまで移動できるのじゃな。これは神力で動いているのでは無いのか?」

 これまでに聞いた話から察するに、あちら側の世界では科学というものが発達していないようだった。

 ほとんどの問題を神力で解決出来るために、科学が発達する余地が無かったというのが、俺とリリウムの推論である。


 漸くショッピングセンターに到着し、俺たちはレディースファッションのフロアに向かった。

 まず、ミュウの衣服を買い揃える必要があった。

 こちらに来て以降、ミュウは俺の服を着ているのだが、身体的特徴の違いから部分的にぱっつんぱっつんの状態で、窮屈そうだし俺も目のやり場に困る。

 女性向けの服の見立てなど俺には無理なので、ミュウにスマートグラスを渡してリリウムにフォローを丸投げした。

 ミュウは俺に付いてきて貰いたがったが、俺はエスカレーターの側にある休憩用のベンチで待機である。

 女性用下着専門店に同行出来る度胸のある男など居ないだろう。


 女性の買い物が長いと言うのは、あちらの世界でもこちらの世界でも相場なのか?

 たっぷり2時間ほど待たされて、両手に紙袋をぶら下げたミュウが漸く帰って来た。

「シンジ、『勝負下着』というものを買ってきたのじゃ。見たいか?」

「リリ、お前が付いていて何をやってるんだ?」

「すいません、マスター。ミュウさんのナイスバディーを見た店員のお姉さんが、ノリノリだったものですから」

「、、、」

 ちなみに、俺もミュウの『勝負下着』に興味が無い訳では無い。


 時刻は既にお昼近くになっており、俺たちは一旦荷物を車に入れると、昼食を取るためにフードコートに向かった。

「なんじゃ。今日は祭りをやっておったのか。いろいろな屋台が出ておるな」

 あちら側の世界では外食する習慣がほとんど無いらしく、言われてみれば、フードコートも祭りの時の露店に似ていなくもないかと思う。

 いろいろな店に目移りしているミュウにお勧めを尋ねられ、俺は無難なところでハンバーガーのセットを勧めた。


「こちらの世界のパンはふかふかしておるのじゃな」

 あちらの世界ではライ麦を主食としているらしいので、パンは硬い黒パンなのだろう。

 こちらに来てから、ミュウも毎朝トーストを食べているのだが、俺は食パンを冷凍保存していたので、ミュウが生のパンを食べるのは始めてだったのだ。

「これはジャガイモじゃな。なるほど、油で揚げておるのか。ジャガイモは油で揚げてもほくほくと美味しいのじゃな」

 ミュウはフライドポテトがお気に召したようだ。


 フードコートで簡単に昼食を終えると、俺たちは観測用の資材を買いに回った。

 このショッピングセンターは、ホームセンター、家電量販店、スーパーを核店舗にして、各種の専門店や飲食店がモール状に配置されている。

 俺たちは、ホームセンターや家電量販店で、電気ケーブルや光ファイバーケーブル、無線LANなどを調達した。

 また荷物を車に置き、最後にスーパーで1週間分の食料を補充する。

 あちら側の世界に行くことも考えて、非常用携帯食料なども多めに買っておいた。


「シンジ、あの店はなんじゃ?」

 ミュウが目ざとく見つけたのは、スイーツ専門店だった。

「あれは甘いお菓子を売っている店だよ」

「こちらの世界の甘いお菓子か。わらわも食べてみたいのじゃ!」

 ミュウは子供のように目を輝かせた。

 今日は時間が無かったのでフードコートで軽い外食をしただけだ。

 お土産にスイーツくらい買って帰っても良いだろう。


「どれが食べたいんだ?」

わらわはスイートポテトというのが気になる。ポテトというのは芋のことじゃろう。このお菓子であれば、あちらの世界に戻っても作れるのではないか?」

「芋と言っても、スイートポテトの材料はジャガイモじゃなくてサツマイモだぞ」

「サツマイモ?」

「あちら側の世界で栽培できるのかは分からないが、サツマイモなら俺の畑でも栽培しているぞ?」

「ならば、このお菓子が良いのじゃ!」

 俺は、その店の名物らしいスイートポテトを買った。

 大量の買い物で、後部座席を倒した軽自動車の荷室は満杯になった。


「嫌じゃ! 嫌じゃ! わらわも芋掘りがしたいのじゃ!」

 今日は佐藤さんと約束していた芋掘りの日だった。

 俺はリングの観測に忙しく、昨夜、佐藤さんからの連絡を受けて漸く芋掘りのことを思い出した。

 ミュウを人前に出すことは避けたかったので、佐藤さん親子がこちらに来ている間は隠れていて貰いたいと頼んだのだが、その反応がこれである。

 ミュウはスイートポテトを買って帰って以来、サツマイモに夢中になっていた。


「マスター、ミュウさんを離れに閉じ込めていても、佐藤さんに見つかれば、若い女性を監禁していると誤解されて警察に通報されるかもしれません」

 確かに、ミュウのことを警察に通報されたりなどしたら、取り返しのつかない大事になる。

「マスター、ミュウさんのことはマスターの従妹で、たまたまこちらに遊びに来ていることにしたらどうでしょう?」

「でも、ミュウにはこちらの常識が通用しないぞ? すぐにボロが出るんじゃないか?」

「ミュウさんは海外暮らしが長く、日本のことはあまり知らないことにすれば良いのです」

 リリウムにしては隙だらけの案のような気がするが、他に良い案も思いつかなかった。

「ミュウ、佐藤さんたちの前ではミュウは俺の従妹だと言うことにしてくれ。ミュウが異世界から来たことがばれるとやっかいなことになる。眷属の俺が窮地に陥るのは本意ではないだろ」

「わかったのじゃ。わらわはそなたの従妹なのじゃ」


 佐藤さん親子は約束通り10時頃にやってきた。

 佐藤さんの息子、悠君は6歳、小学校に上がったばかりだ。

「そなたの名前はユウというのか。わらわの名前はミュウじゃ。似ておるな」

 俺の懸念をよそに、ミュウは佐藤さんの息子とあっさりと打ち解けてしまった。

「坂本さんの従妹さんでしたか。彼女さんかと思っていました。村では坂本さんが可愛い彼女さんを連れているのをショッピングセンターで見かけたと噂になっていましたから」

 ミュウと初対面の佐藤さんは、そんなことを言った。

 ショッピングセンターでミュウと買い物をしていたのを村人の誰かに見られたのだろう。

 田舎は噂話が拡がるのが早くて困る。


 全員が軍手、長靴の完全装備で、二段目の畑にあるサツマイモの収穫を始めた。

 鍬でサツマイモの周囲を軽く掘り起こし、更に素手で土を優しく取り除いた後、蔓をもって引き抜く。

 蔓に付いたサツマイモが引き摺られてごろごろ出てきた。

 土の中に残っているサツマイモも、素手で丁寧に掘り起こす。

 ミュウと悠君は、声を上げて笑いながら、芋掘りを楽しんでいた。


「坂本さん、ミュウさんは変わった喋り方をされるのですね」

 佐藤さんの突然の質問に、俺の心臓が跳ねた。

 なにか不信感を持たれてしまったのかもしれない。

「ええ、従妹は海外で育ったものですから、日本語も日本のアニメで勉強したんです。そのせいか、ちょっと変な癖がついてしまったようで」

「なるほど、そうなんですね。日本のアニメに憧れて日本へ移住する外国人も多いと聞きます。日本のアニメは海外でも人気なんですね」

 その後も、ミュウの振る舞いにははらはらさせられたが、1時間ほどで芋掘りは終わった。


 まあ、そんなに大量に栽培している訳では無いのでね。

 それでも、段ボール1箱分ほどのサツマイモを、佐藤さんに持って帰って貰うくらいの収穫はあった。

「坂本さん、今日は本当に有難うございました。悠があんなに笑っているのを見たのは久しぶりかもしれません」

 佐藤さんはそう言って帰っていった。

 ミュウのことは何とか誤魔化せたようで、俺はほっと胸を撫でおろした。

「シンジ、収穫したサツマイモは食べんのか? わらわは焼き芋というものが食べてみたい」

 ミュウよ、収穫したばかりのサツマイモは、しばらく熟成しないと美味しくないのだ。

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