第6話

 移住生活が始まって、俺が最初に手掛けた大仕事は畑の開墾だった。

 まずは、伸び放題になっている雑草を刈らなければならない。

 ガレージ兼納屋には、電動刈払い機や電動チェーンソー、電動小型耕運機などが残されており、初期投資なしで農作業に取り掛かることが出来た。

 移住者講習会で刈払い機やチェーンソーの安全講習も受けていたので、独りでも除草作業には取り掛かれる。

 防刃エプロンにフェイスガードを装着し、俺は段々畑の除草に取り掛かった。


 おっかなびっくりで作業を始めたが、電動刈払い機は軽量で取り回しも良く、素人の俺でも何とか安全に使いこなせた。

 一段の畑を除草するのに30分程度時間を要し、仕上がった結果は見事な虎刈りになってしまっていた。

 まあ、最初だから仕方ない。

 二段目の畑を除草するのに更に30分、一段目の仕上がりよりましな出来だったが、そこでバッテリーが切れた。

 予備のバッテリーもあるのだが充電していなかった。


 除草作業は畑に二段分で終了し、刈り取った草を畑の隅に避けておく。

 続いて、小型の電動耕運機を持ち出して除草した畑を荒く耕す。

 傾斜地の段々畑であるので大型の農機を使うことは出来ず、家庭用の手押し式小型耕運機で対応するしかない。

 一段目、二段目の畑は半年前まで耕作していて土が柔らかかったため、非力な電動式小型耕運機でも何とかなった。

 除草したばかりの草の根を巻き上げながら、ざっくりと二段分の畑を耕し終えた。


 電動農具のおかげで、初めての農作業は思ったより簡単に出来た。

 考えてみれば、岡本さんが残してくれた農具や工具類はすべて電動である。

 離れもオール電化だし、新しく買った軽自動車もEVである。

 それらに必要な電力は、敷地内に電力会社が設置したソーラーパネルで賄われており、極めて限定された狭い場所ではあるが、ここではエネルギーの完全自給自足が達成されているのだ。


 しかし、このような場所はここに限った話では無く、徐々に広範囲に広がりつつあった。

 五年ほど前に全固体化電池が完全商業実用化された結果、ソーラーパネル、小型風力、小規模水力など再生可能エネルギーと全固体化畜電池とを組み合わせた、エネルギーの地産地消が田舎を中心に進みつつあった。

 大消費地である都市部では再生可能エネルギーだけで電力需要を賄うことは出来ないので、原子力発電や火力発電を電力構成から外すことは出来ないが、少子高齢化で人口減少社会に突入している日本では、国産の再生可能エネルギーでエネルギー自給率が上がっていくことは間違いないだろう。


 かつては、AIの普及によりデータセンターの増設等が必要となって、電力需要量が飛躍的に拡大するという予想が立てられていたこともあったが、それ以上に電算機能力の機能向上や省エネ化のスピードが速く、全体の電力需要量は低下に転じている。

 なにせ、AI自身が、人間を超える能力で電算機の高性能化や省エネ設計を行ってしまうのだから。


 話がそれてしまったが、電動農具の活用によって農作業はかなりイージーモードだと俺は喜んでいた。

 しかし、そんな甘い考えは直ちに叩き潰されることとなる。

 昼食を挟んで午後からの農作業、耕した畑に残っている草の根や土の中から出てきた小石を取り除かないといけないのだが、その作業に電動農具が介在する余地は無い。

 すべて、中腰で人力での作業である。

 何とか2時間ほど頑張ったものの、俺の腰は悲鳴を上げ、翌日から2日ほど農作業はお休みとなった。

 田舎暮らしは甘くないのだ。


 晴れの日は農作業、雨の日は母屋の整理、それがここでのルーティンである。

 雨の日、俺は母屋の屋根裏部屋にある残置物の整理を始めた。

 大量の荷物が置かれている部屋の入り口には、比較的新しいオルゴールとクリムトの画集がぽつんと置かれていた。

 オルゴールのゼンマイを撒くと、美しくも物悲しい曲が流れてきた。

「リリ、何の曲か分かるか?」

「はいマスター、三十年ほど前に作られたアニメの主題歌をアレンジしたものだと思われます」

「三十年前のアニメか、、、これは岡本さんの息子さんのものかな?」


 俺は、不動産譲渡手続きの際に、一度だけ会った息子さんの顔を思い出していた。

 息子さんは隣市の会社に勤め、隣市に住んでいた。

 岡本のおじいちゃんが大神集落に独り残っていたので、行き来が出来る隣市に留まっていたようなのだが、おじいちゃんが亡くなって不動産を処分し終えると、逃げるように大阪に引っ越して行ってしまった。

 犬神伝説が根強く残り、犬神憑きの血筋と差別されてきたこの土地には、良い思い出が無かったのだろう。

 そう考えると、オルゴールの曲が一層物悲しく感じられた。


 部屋の中には、壺などの焼き物や漆器、掛け軸などの骨董品が多く残っていた。

 俺とスマートグラスで視覚を共有しているリリウムが、それらの品物を次々と鑑定していく。

 農作業などの肉体労働では役に立たないが、こういった類の頭脳労働では、リリウムは圧倒的な能力を示す。

「マスター、この茶碗は安土桃山時代のものになります。極めて歴史的価値の高い一品です」

「なんと、そんなお宝が、、、安土桃山時代と言えば千利休の時代だよな。名のある茶人や武人ゆかりの逸品ならば、さぞかしお値段の方が、、、」

「いえ、これは田舎の農民が都の風物を真似て手捻りで自作した焼き物です。金銭的価値はありませんが、都の文化が地方へ伝搬するプロセスを考証するにあたって、極めて歴史的文化的意義が高いものと言えるでしょう。博物館などに寄贈されることをお勧めします」

「、、、」


 俺たちは部屋に残る骨董品を片っ端から鑑定していったが、古いものは多いが金銭的価値があるものは殆どなかった。

 考えてみれば、周囲から孤立していた岡本家の生活が豊かであった筈は無く、金銭的価値の高いものなど初めから存在していなかったのだろう。

 むしろ、古いものも買い換えられず、大事に使って残していたということだったのだろう。

「マスター、リリは楽しいです。知識としては知っていたものの、実物を見ることが出来て興奮します」

 AIが興奮するという感情を持っているとは思えないが、リリウムが楽しいと言っているならば、それはそれで良しとしておこうと思った。


 大量の骨董品を鑑定しながら、リリは同時に詳細な目録を作成していく。

 骨董品を博物館が引き取ってくれるのかは分からなかったが、村役場の佐藤さんに目録を渡して相談してみるのが良いかもしれない。


 部屋の一番奥からは、和綴じの古文書が大量に出てきた。

 ページを捲ってみるが、毛筆で書かれた達筆は俺には読めなかった。

「リリ、この文字は読めるか?」

「はい。解読して要約します」

 俺は和綴じの冊子をぱらぱらと捲っていく。

 俺と視覚を共有しているリリは瞬間的に書かれた文章を認識するが、俺は機械的にページを捲っているだけだ。

 あっという間に、一冊分のページを捲り終える。

「マスター、この冊子は岡本家の歴代当主の日記、覚書のようなものです。リリはもっと読んでみたい」

 俺はリリウムに促され、次々と冊子のページを捲って行った。


 古い冊子は虫食いがあったり黴がこびりついたりしていて文字が判読出来ない部分もあったが、俺たちが発見した時には防虫防黴剤の入ったプラスチックケースに入っており、資料の劣化は止まっているようだ。

「マスター、冊子の内容は農作業の状況や家計、親族の冠婚葬祭や祠での祭事に関するものが多いようです。ですが、犬神伝説に関わると思われる記載も残されていました」

「犬神伝説? どんな内容なんだ?」

「はい。口伝を聞き書きした内容のようですが、岡本家の先祖が祠の裏にある洞窟を通って犬神様の世界に行ってきたという内容です。ですが、犬神様の世界で数日過ごした後、再び洞窟を通って大神集落に戻ってみると、大神集落では百年の月日が流れていたと記載されています」

「なんだそれは、、、浦島伝説じゃないか? 浦島太郎の御伽話が伝わったのをアレンジして書き留めたんだろう」

「はい。リリもそう思います。ですが、海から遠く離れた山中の孤立集落で、海の底にある竜宮城が洞窟の奥にある異世界に置き換わっているのは大変興味深いです」

「リリ、紙の一次資料は貴重な情報だが、なかには竹内文書や東日流外三郡史など偽書と言われているものもあるんだ。くれぐれも紙の資料だからといって鵜呑みにするんじゃないぞ」

「はい。了解しました」


 部屋の中にはまだ大量の古文書が残っていたが、俺はリリウムの育成に悪影響が出るのを恐れ、古文書の調査は一旦打ち切った。

 資料の真贋判定について学習を強化してから、古文書の調査は再開した方が良いだろう。

 それにしても、ここでの生活では、忘れた頃に犬神が出てきやがる。

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