夜と再会

その日の夜。


 博人は自宅のソファに腰を下ろし、天井をぼんやりと見つめていた。


 「何だったんだ、あの人……」


 電車でぶつかり、高台で話しかけてきた田代優紀のことを思い返す。

 急に話しかけられて驚いたのに、妙に優しかった。

 笑顔の奥に、ただの無邪気さ以上の温かさがあったような気がした。


 けれど、博人の気持ちは何も変わらなかった。

 耐えてきた思い――抱え込んできた孤独と絶望――は、まだ消えていない。


 そんな時、スマートフォンの画面が光った。


 〈次、またどこかでお話ししませんか?〉


 優紀からのメールだった。


 博人はその文面を何度も見つめ、指先で画面を触ったまましばらく固まった。

 そしてゆっくりと、無言で画面を閉じた。


 (……無視するしかない)




 数日後。


 博人は、ふと思い立って、再びあの高台の公園へ足を運んだ。

 人通りは少なく、街の灯りが遠くに瞬いている。


 背後から、柔らかい声が聞こえた。


 「博人さん……」


振り返ると、そこには笑顔の田代優紀が立っていた。夕陽はすでに落ち、空は深い藍色に染まっている。

 それでも彼女の存在は鮮やかで、どこかほっとするものがあった。


 「あの、何でまた?」


 博人は眉をひそめ、少し警戒するように問いかけた。


 「ここにいると思って」


 優紀はすぐに続けた。


 「酷いじゃないですか? メール無視するなんて。お話ししたかったのに」


 博人はどこかからかわれている気がして、苛立ちが込み上げた。


 「ほっといてくれよ!」


 その言葉とともに、博人は走り出した。


 「あっ、ちょっと……!」


 優紀は必死で追いかけようとしたが、彼の姿はすぐに遠ざかってしまった。

 小さな声だけが、冷たい風に消えていった。



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