サムライ令嬢、抜刀!

藤平クレハル

序章 サムライ令嬢、復讐を誓う

 ―――燃えていた。目に映るもの全てが激しく、轟々と燃えていた。一切の取り返しがつかないほどに。


「父さま……母さま……!」


 肌を焼き続ける熱気。ジリジリと焦がされる表皮に痛みが走るが、今はそれもあまり気にならない。それよりも。


「領民の、みんな、も……!」


 こぼれ落ちそうになる涙を堪えつつ、唇を強く噛み締める。


 襲ってきた騎士兵にみんな殺されてしまった。理由なんてわからない。道中襲いかかってきた兵士は王への叛逆がどうとか……。身に覚えはない。両親だってそんなことは考えてもなかったはずだ。毎日真面目に領地を治めていたのだ。だというのに、一体どうして。


 ふざけるな。


 ふざけるな、フザケルナ。


「ふざけるなぁアアアアアアア!」


 獣のように、喉の奥から叫びを振り絞り、アタシは屋敷から裏山に続く道を駆け出した。とにかくがむしゃらに逃げた。


 全て奪われた、すべてを。暖かい寝床も、優しい家族も、楽しい未来も。絶対に許さない。この身砕けようとも、必ず復讐する。領地を襲った者、襲うことを命じた者、襲うことを決めた者。誰も逃さない。絶対に!!!


「おいおい。どこに逃げようって言うんだ?」

「っ!」


 逃げ続ける歩みを止めたのは、甲冑を着込んだ兵士の一人。領地を襲った憎き仇の一人。だけれど、アタシには反撃できる力なんてない。今のアタシにはなにもできない。だけれど。


「一人でも、道連れに ―――!!」


 震えが止まらない足を無理やり動かして、前に進む。走り出す。懐に潜ませていた小刀を全力で突き込んだ。


「なんだ、それは」

「きゃあ!!」


 しかしこちらは六歳の誕生日を迎えたばかりの子ども。大の大人に敵うわけがなく、小刀は弾かれて、その勢いにつられてアタシ自身も地面に叩き伏せられた。


 そうだ、昨日は誕生日だったのだ。父さまも母さまもニコニコと笑ってお祝いしてくれた。明日もそんな日がやってくると信じていた。それなのに。


 悔しい。腹が立つ。己の無力さと悪辣なこの世界そのものを許せない。もし、アタシに力があれば、この手に力があれば何も奪われなかったのかな。悔しい悔しい悔しい ―――。


「ァ、ぁああああああああああ!!」

「ちっ、往生際の悪い姫さまだ。さっさと死ね!!」


 例え何もできなくても、地べたに倒れ込んだままの最期など嫌だ。死ぬなら前に向かって死んでやる!


 視界に映る全てがスローになる。走る自分自身も、脳天に振り下ろされる剣の軌跡も、全てがゆっくりと。全て走馬灯のように感覚が引き延ばされる感覚。迫る死は避けられない。そう思っていた。


「せぇい!」

「……!?」


 しかし、必定の死はいつまでも訪れなかった。自分へ振り下ろされた剣が宙を待っている。続いて、襲ってきた騎士の首が胴と別れを告げるのを見た。


 崩れ落ちる騎士だったモノと、そこから地面に広がる血溜まり。理解が追いつかない。なにが起こって……?


「こんな年端もいかぬ少女すら手にかけようとするとはな。武人としての矜持がないと見える。お主、大丈夫か?」

「ぁ…………」


 助かった? どういう幸運だか、命を拾ったらしいと、一拍遅れて理解する。緩やかだった時の流れが急激に現実感を取り戻していくにつれ、鼻腔を刺す血液特有の据えた臭いに、吐き気をもよおす。


 えずく喉を押さえながら、なんとか目をこじ開ける。騎士を鋭く長い刃物で斬り捨てた男は珍しい衣服を着ていた。この辺りの人間ではないようだった。謎の剣士がこちらを案ずる声かけをしてくれるが、生憎とまともに返事をする余裕はない。


「うぇ、っ……」

「ふーむ、気をやっているようだな。拙者の背に掴まれるか? なんにせよここを離れなければならん」


 言われるがままに差し出された男の背中にどうにかおぶさると、そのまま男はとんでもないスピードで足場の悪い山道を走り始めた。


 男の背中から感じる温もりに、堪えていた涙が勝手にこぼれていくのを感じながら、全力疾走する男と共にアタシは戦火に包まれた領地から脱出する。


「あったかい……。う、うぅぅぁ……!」

「……泣きたいだけ泣けばいい」


 後から知ったことだが、この時もうすでに領地を守っていた兵士たちは全滅し、わずかに生き残った領民も散り散りになって逃げ始めていたらしい。全員ではなくとも生き残った者がいると知れたのは唯一の慰めだった。


 しばらくして落ち着いたアタシは、助けてくれた男、ミヤモトと名乗った青年の好意で彼の住居に居候することになった。こじんまりとしていながらも清潔感のあるその場所は、傷ついた体と心を癒すには十分すぎた。


 さらに数日後。


 幾分か落ち着いたアタシは、食事の時間を通して、ミヤモトとわずかに言葉をかわすようになっていた。彼の作ってくれた食事はどれも質素ながらとてもやさしい味だった。


「なるほど、襲われた理由もわからんのだな……。そういえば、お主の名はなんというのかまだ聞いておらんかったな」

「…………ごめんなさい、まだ名乗っていなかったわね」


 礼儀作法はしっかりと叩き込まれていたはずだったが、多くのことがあって失念していた。あまつさえ男の方は初めに名乗ってくれていたというのに、あまりに恥知らずな自分が情けなくなった。


 ミヤモトの前に立ち、ボロボロになったドレスの裾をつまみながらお辞儀する。こんなことは社交界ぐらいでしか役に立たないと思っていたが、不思議とその動作ができた自分自身に安心した。


「申し遅れました。アタシの名はサクラ。サクラ=フォン―――」

「あいや、待たれよ」

「? な、なにかしら。アタシまた失礼を……」

「いやいや、違う違う」


 ボサボサに髪が伸び放題の頭をかきながら、ミヤモトは言葉を捻り出そうと唸っている。ジッと待っているこちらを見て、ため息混じりに彼は説明し始めた。


「拙者はお主の名を、正確には家名を耳にするわけにはいかんのだ。お主はこの国に領地を持つ貴族の息女だろう。拙者は流浪の身なれば主君を持つ気はないからな」

「べ、別に。そんなつもりはないわ」

「こちらの事情なのだ。すまない」


 そういうことなら仕方ないと思い、少し日が経ったことで余裕が生まれ始めていたアタシはミヤモトの見せた戦いに興味があることを告げた。困惑していたミヤモトだが、彼は修業をつけることを約束してくれた。


 それは憐れみ故だったのか、あるいはなにか思うところがあった故なのか。なにはともあれ修行の日々が幕を開けた。そしてその中で力を付けるとともに、アタシは、領地を襲い両親を殺した仇を必ず見つけ出して復讐すると再び誓った。


 ただミヤモトとともにひたすらに修行し続ける毎日。そんな中で複雑な面持ちを浮かべる彼の心の底を伺う余裕は、この頃のアタシには、まだなかったのだが。




 そうして十年の月日が経ち―――、アタシは十六歳になっていた。

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