第39話 エピローグ

 霞浦亜美は身を翻した。もうかなり遠くに楓達が見えた。カレンは肉眼で見える範囲の事しか見る事ができなかったが、それでもカレンが光希と戦っているのは見えた。本当は霊力を使いたいところだったが、使えば笹本の片割れの夕馬に撃たれるだろうと思い、亜美は断念した。


「……わたくしは間違っていたのね。カレンも天宮も強者だった……」


 髪をかきあげる。ふわりと緩やかにウェーブを描く髪が風になびく。


 亜美が楓にキツく当たったのは、天宮楓が弱者だと思ったから。この実力で全てが決まる世界で、力の無い『無能』が偉そうにA組にいる事が許せなかった。


 ……だが、天宮楓が強者であるなら話は別。


 天宮はその類稀なる戦闘能力を隠し持っていた。そして、その風格は圧倒的強者のもの。もう亜美に『無能』を『無能』と蔑む理由はない。むしろ、『無能』でありながらあれだけ強い彼女は賞賛に値する。


 10本家の一つ、霞浦家の長女として生まれた亜美には力を持つ者としての責任とその自負がある。だからこそ力無き権力者のような者が許せない。しかし、同時に強き者である天宮楓を認めることもできた。


「……さっさと帰らないと」


 勝手に寮から抜け出してきたのだ。品行方正な霞浦家長女の亜美が。亜美は足音を立てないように、走り出した。



 ***



「……私にはもう、何の価値も無いんです。任務に失敗して……、あなた達に捕まって……」


 カレンは壁に寄りかかり、ずるずると座り込む。楓はカレンを静かに見る。カレンの取り調べを受け、今みのるがカレンの処遇をどうするかについて話に行ってしまったところだった。


「カレン……、ボクは君が無価値だなんて思わないよ」


 カレンは驚いた顔で楓を見た。楓は優しく微笑む。カレンを少しでも元気付けたくて。光希は厳しい表情でそんな楓を見ていた。


「何言ってるんですか、私は暗殺者ですよ? あなたと相川光希を殺そうとしたんですよ?」

「それでも、きっとカレンを必要としている人がいるんじゃないかな?だって、カレンはすっごく良い子だろ?」


 不意打ちを食らったようにカレンは目を大きくする。楓は笑ってみせた。カレンは火照った顔を楓から背ける。


「……何、言ってるんですか。私は……暗殺者としての生き方しか知らないんですよ」

「カレンなら、大丈夫だよ。だってボク、嬉しかったんだよ? カレンがボクの事、褒めてくれた事」

「ち、ちがっ、そ、それは……嘘ですよ! なんでそんな事間に受けているんですか!」


 カレンは頭に手を当てて血を吐くように叫ぶ。それでカレンがその事を心苦しく思っているのがよくわかった。楓は優しく微笑む。


「ううん、それでもやっぱりボクは嬉しかったんだ。ありがとう」

「あなたはバカなんですかっ⁉︎どうしてそんな事が言えるんですか⁉︎」


 楓は頰をかく。


「うーん、どうしてだろ?えへへ、やっぱボクがバカだからかな?」


 あはは、と笑っている楓を光希は見た。


 違う。天宮楓はアホだがバカではない。カレンの言葉が嘘だったという事くらい、もうとっくに気づいているだろう。そんな事を奥歯にも出さず楓は笑う。あれだけ傷ついても楓は誰かのために笑うのだ。光希にはそんな事は出来ない。どうしてこの少女は真っ直ぐでいられるのだろう。


 ……俺には出来ない。


 光希はそう思い、地面に視線を向けた。



「カレンっ!」


 突然カレンを呼んだ声に楓達は振り返った。髪の毛を少し乱れさせた亜美が肩で息をして、そこに立っていた。カレンは瞬きをする。


「霞浦……」


 楓の前に光希が出る。亜美の事を警戒しているのだ。


「相川、大丈夫だよ」


 楓は光希の背中をポンッと叩く。光希は眉を少し寄せたまま頷いた。亜美の目当ては楓ではない。カレンだ。


「……ここで何をやっているの! あなたはわたくしの……でしょ!」


 亜美は何やら顔を赤くしてごにょごにょ言っているが、何を言っているかさっぱりわからない。亜美はその何かを言うのを諦めて、開き直ったように言う。


「……さっさと行きますわよ! べ、別に貴女の事が、だ、大事とかいうわけなんかじゃなくってよ! 私はえっと、そのー、貴女という手駒が惜しいだけなのよ! ええ、そうですわ。きっとそうですわ」


 何故か一人で頷き始めた亜美に楓と光希は苦笑いを浮かべた。どうやら亜美は仲間を大事にする質らしい。カレンの瞳が潤んだ。


「亜美様……」

「な、何よ!塩らしくしちゃって! さ、さっさと行きますわよ!」


 亜美は赤い顔でカクカクと手を振ったりとワタワタとする。カレンは笑顔を見せた。


「はいっ!」


 目尻に残っていた涙がキラリと弾ける。そしてカレンは背を向けた亜美の背中を追いかけた。


「……ある意味、これで良かったんじゃないかな?」


 楓は光希の顔を見上げた。光希は楓を見下ろして頷く。


「そうだな。お前のおかげだ」


 光希はポンッと楓の頭に手を置いた。楓はビクッと跳ねて、恐る恐る光希の顔を確認しようとしたが、その前に光希は目を逸らしてしまった。


 だが、楓がいなければこんな結末にはならなかっただろう。光希はきっと……。


 光希は頭を振る。そんな事、考えてはいけない。それよりも、楓の事だ。楓の特殊な能力。あれは一体なんだ?光希も見たことが無い。霊力関係の力かと思ったが、霊力の気配は一切しなかった。


 光希は隣でへらへらと笑顔を浮かべる少女を鋭い目で見る。


「ん? 何?」


 キョトンとして楓は光希を見上げた。


「いや、何でもない」


 光希は首を振ってみせる。楓は一瞬訝しげに目を細めたが、すぐにいつもの表情に戻った。




 ……一体こいつは何者なんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る