第36話 天宮楓救出作戦

「着いたね……」


 光希とは違うルートを辿ってビルにたどり着いた夏美と夕姫は小さく息をついた。隣のビルに身体を隠し、見張りに警戒する。夕姫は夕馬に心の中で呼びかけた。


『聞こえてる?』

『あぁ、光希はもう屋上に向かったみたいだ』

『了解!』


 高層ビルの屋上で人影が動いた。狙撃銃のスコープから目を離し、夕馬はビルの様子を探る。夕姫と意識が繋がっているため、夕姫のいるビルはすぐに見つけられた。


『各階に5、6人ずつ霊能力者がいると思う』

『なるほど……、やっぱり私たちがついてくる事は想定済みだったか……』


 夕姫は隣で拳銃に弾が入っている事を確認し終わった夏美にこの事を伝える。


「そんなに見張りがいるのにどうして光希はあんなに早く屋上まで行けたんだろう?」

「……罠、か……」


 夏美は頷いた。


「うん、多分……」

「じゃあ、光希に引き返すように伝えなきゃ!」


 光希に連絡を入れようとした夕姫を夏美は夕姫の服を掴んで止めた。


「大丈夫、光希はちゃんと気づいてる。それでも行くのは楓を助ける方法がそれしかないから……」

「そっか、じゃ、私たちはあいつらをぶっ倒せばいいね!」

「うん、けちょんけちょんにね」


 二人は頷き合うと、ビルの前におどり出た。ビルの一階に入り、夕姫は日本刀を抜く。刀はわずかに差し込んでくる月明かりを反射してキラリと光った。刀を構えると、横で二丁の拳銃を握った夏美に視線を送る。じりじりと階段の方へ歩く二人の前に音もなく立ち塞がったのは黒服の男たちだった。


 戦闘の始まりは突然だった。飛来した銃弾を夕姫は刀を一閃して弾く。夏美は銃を男たちの足元に撃ち、彼らの動きを止める。


「『第十五式、氷花ひょうかの陣』っ!」


 夏美の声と共に男たちの足元に陣が形成されていく。その間に夕姫は夏美に襲いかかる男たちを殺さないギリギリで斬っていった。30秒もかからずに完成した陣は冷気を放ちながら地面に氷の花を咲かせていく。


(これで仕留めた……)


 そう思って緊張を緩めた夕姫に夕馬が警告を発する。


『避けろっ!』


 夕馬の声とほとんど同時に夏美の陣が燃え上がった。反射的に夕姫と夏美は飛び退る。


「対水属性のカウンタースペル……。霊能力者じゃないみたい。あなた達、魔術師だね?」


 夏美の問いかけにリーダー格のように見える男が答えた。


「ああ、まさか荒木家当主が直々にやってくるとはな……」


 夕姫は驚いて夏美を見た。


「当主……⁈」


 その一瞬の隙をついてダガーが夕姫の首筋を切り裂かんと迫ってきた。


「……っ!」


 このままでは避けれない。だが、夕姫は動かなかった。


 キンッ


 小さな金属音が響き、ダガーは夕姫の頰を浅く切って逸れた。


「ふぅ……、いくら久しぶりの実戦でもあんなんじゃ死ぬぞ?」


 屋上で狙撃銃を構えたまま夕馬は溜息をついた。夕姫の視覚から見るに、再び戦闘が始まったらしい。夕馬はスコープを覗きながらビルの壁を見る。夕姫と感覚が共有されているおかげで、中の様子が夕姫と同じように見える。この能力があるため、夕姫が前衛、夕馬が後衛という戦闘スタイルになったのだ。夕馬は夕姫が次に取るであろう行動を予測して、照準を定めた。霊力を硬く固めて弾丸を作る。


 この銃弾は連射できない代わりに遮蔽物に遮られない。正確に言うと、目標の座標に直接飛ばすということで、その際、狙撃銃は照準の補助として夕馬は使っている。もちろん、遮蔽物しゃへいぶつがない時など場合に応じて実弾と切り替えているのだが。


 音もなく弾丸は放たれた。夕姫は男の術を避け、懐に飛び込むと刀で斬りつける。衝撃に身体を反らせた男の足に夕馬の銃弾が突き刺さった。苦悶くもんの表情を浮かべた男は夏美の銃撃で貫かれる。夏美は黒服の男の一人の顎を蹴り上げ、そのまま銃弾を撃ち込んだ。鮮血が吹き出した時にはもう既に夏美は次の男を撃ち抜いていた。


「くそっ! まだいるのか⁈」


 人数が減ってきたはずが、今度はどんどん増えていく。他の階の見張りをしていた他のメンバー達だ。夕姫は刀を振るいながら夕馬に呼びかける。


『夕馬! 人数が多すぎる!』

『くそっ! 俺たちの術式では夕姫と荒木さんを巻き込んじゃうぞ!』


「夕姫! あの人たちをここに集めて!」


 夏美は夕姫の隣で銃を撃ちながら、小声で指示を出した。夏美の意図は読めなかったが、夕姫は頷いた。


「オーケー、やってやる!」


 夕姫は一階のフロアを駆ける。その夕姫を援護しながら、夕馬は狙撃する。廃ビル内には遮蔽物は柱しかない。敵の姿を把握するのは簡単だった。様々な武器と日本刀一本で渡り合い、夕馬と共に敵を少しずつ、だが確実に夏美の指定した場所に追い詰めていく。


「夏美っ!」


 その作業が完了した事を名前を呼ぶことによって夏美に伝える。夏美は首を縦に振ると、目を閉じた。その身体から霊力が溢れ出す。そして、地面に陣が浮かび上がった。陣は逃げようとする男たちを拘束したまま、さらに幾重にも重なり複雑な幾何学模様を描いていく。


「『第九九式、奈落ならくの陣』!」


 夏美は目を開ける。


 黒い。


 陣から暗闇があふれ出した。暗闇の中で邪悪な物がうごめいているように、どろどろとした何かが男たちに襲いかかる。


「ぎゃあああぁぁ!」


 男たちの絶叫が響き渡った。それを最後に陣は光を失って消えていく。後に残ったのは、倒れた男たちだった。夕姫は息を呑んだ。男たちに何があったのかは知るよしもなかった。


 二人は肩で息をしながら、辺りを見回す。


「やった……?」


 厳しい顔の夏美に夕姫は問いかけた。夏美は頷こうとして動かした顔の動きを止めた。


「まだだよ……、あの人が残ってる……」


 リーダー格の男がゆらりと姿を現した。


「何で⁈ 夏美が倒したんじゃ……?」

「陣の効果範囲から寸前で逃げられたんだと思う」


 男は不敵に笑みを浮かべた。


「なかなかやるじゃないか、おかげで俺の部下たちはぶっ倒れてるぜ。だが、俺を倒せるかな?」


 夏美は男を睨みつけた。


 カンッ


 男は突然手を動かした。夕姫は夕馬の銃弾が霧散したのがわかった。


『何っ⁈』


 夕馬の驚愕が伝わってくる。


「何でっ⁈」


 驚きの表情を浮かべた夕姫に、男は答えた。


「俺の周りには術式を無効化させる結界が常時展開されているんでな、悪いが俺に術は通じない」

「くっ……」


 夏美が小さく声を漏らす。この男に勝つためには、術を使わずに力でねじ伏せるしかない。


 二人は走り出した。

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