第34話 天宮楓の失踪

 光希は焦燥感に駆られて足を動かしていた。学校の敷地から天宮楓の気配が消えたのだ。今は生徒会室に向かう途中。それまで光希は風紀委員の仕事で、教室棟の真ん前でドンチャンやっていたお馬鹿一味を捕まえていた。おかげで楓の気配が消えた事に気づくのが遅れた。だが、それを悔やむのは後だ。


「木葉! 天宮は今どこにいる⁈」


 バンッと勢いよくドアを開け放ち、光希は大きな声で木葉に問いかける。木葉は驚いた表情を浮かべて、目を見開いた。しかし、すぐに頷くと手をキーボードの上を走らせる。書類を整理していた夏美は作業を中断させる。


「何があったの?」

「天宮が消えた……」


 光希は夏美の目を直視出来なかった。楓を見失ったのは、自分の責任だと光希が自分を責めているのに夏美は気づく。だが、夏美には光希にかける言葉を見つける事はできなかった。


「天宮には、俺の霊力をかけて置いたんだ……」


 護衛のため光希は楓に服を乾かす術式をかけた時に過剰に流れた霊力を楓にとどめていた。霊力を敏感に感じ取れる光希はその微かに残る霊力を利用して楓の位置を探知していた。しかし、この方法には欠陥がある。一定の距離までしか探知できないのだ。光希の限界はこの学校の敷地内まで。 それでも霊力が楓に留まっている事はわかる。


「だが、その反応がさっき消えた。おそらく意図的に誰かが消したんだ……」

「つまり……、楓はさらわれたってこと……?」

「ああ……」


 光希は無表情で頷いた。木葉の手がキーボードから離れた。


「学校の監視カメラに最後に写ったのは校門が最後よ。でも、隣にいるのは……?」


 光希は血相を変えて木葉を見た。何としてでも楓を見つけなければならない。楓を守ると『神』に誓ったのだから。


「俺が見てくる!」

「えぇ、でも誘拐犯さんから連絡があったら、ちゃんと私たちに知らせるのよ」


 木葉は光希に釘を刺す。かつて『孤高の天才』と呼ばれ、他人を頼ることのなかった光希が、自分たちを頼ってくれることを信じて。


「わかった」


 光希は頷くと、木葉に背を向けた。急いでドアを開けて走り出す。『清瀧せいりゅう』を持っている事を確認し、階段を駆け下りる。


「光希っ!」


 突然呼び止められ、足を止めた。部活の途中で剣道着を着たままの夕姫だった。


「何があったの?」

「悪い、急いでるんだ」


 光希は心配そうな表情を浮かべる夕姫を素っ気なくあしらう。また走り出そうとした光希の前に夕姫は回り込んだ。


「もう一度聞くけど、何があったの?」


 その目は強い意志を感じさせられた。どうやら聞き出すまで動かない気でいるのだ。光希は迷う。事情を夕姫に話してもいいのだろうか。話せば必ず着いて来ると言い出すに決まっている。夕姫を巻き込んでもいいのだろうか。夕姫は光希の瞳に揺れる迷いを感じ取った。


「楓でしょ?」


 光希の肩がピクリと動いた。その反応を見て夕姫は続ける。


「光希は楓の事をすごく気にかけてる。だから、光希がそんなに焦ることと言ったら楓の事しか無い。そうだよね?」


 光希は夕姫に事情を隠す事を諦めた。重い口を開いて光希は言う。


「天宮が攫われた……」

「……⁈」


 夕姫の目が大きく見開かれた。手に持っていたタオルがぱさりと地に落ちる。それから夕姫は笑みを浮かべた。男前のニヤリとした笑みを。


「じゃあ、私たちも探すのを手伝うよ。楓は私の友達でもあるからね」

「だが……」


 夕姫は光希の言葉を遮った。


「うん、危険だってことぐらい、わかってるよ。でも笹本の双子を甘く見ないでよ!それが、たちの意思」


 光希は突然の口調の変化に驚き、眉を寄せた。そして思い出す。笹本の双子は姉の夕姫が前衛、弟の夕馬が援護を担当する双子として名が通っている。そして、『双身一体そうしんいったい』。離れていても感覚を共有させる事ができる特殊な能力を駆使しし、無類の強さを発揮させる。今のは夕姫の身体を使った夕馬の言葉だった。


「わかった……」


 笹本兄妹を巻き込むには気がひけるが、光希は渋い顏で頷いた。夕姫は地面に落ちたタオルを拾い上げて、肩にかける。


「じゃあ、着替えたら生徒会室に行くよ! 楓と光希の関係は今は何も聞かない。でも、終わったら洗いざらい話してもらうからね!」

「……ああ、」


 光希は適当に返事をして、再び走り出す。不穏な言葉を笑顔で言われた気がしたが、それは後だ。人にぶつからないように気を配りつつ、校門にたどり着く。


 校門から出入りする生徒たちは今日は多かった。テストが終わり、これから遊びに行く人たちだろう。恐らく楓はそれに紛れて誰かに外に連れ出されたはず。光希は校門の出入りを監視する守衛に、今日出入りした生徒の記録を開示して欲しいと頼む。守衛の男は顔をしかめて開示することを渋った。光希は語調を強めて守衛を睨んだ。


「緊急事態なんだ! 生徒が誘拐された!」


 守衛は驚いた表情を浮かべた。そして、光希の制服に付いている風紀委員である事を示す銀色のピンに目をやった。


「わかりました。本当は駄目ですが、この際仕方がありません。誰を探しているんですか?」


 光希は厳しい顔を崩さずに楓の名前を告げた。


「確かに天宮さんは12時半にこの校門をくぐっています」

「一緒にいた人は……?」


 守衛は同時刻に門をくぐった人を探すため、端末を凝視した。


「桜木さんで、すね……。桜木カレンさんです」

「……!」


 桜木カレンはシロではなかった。


(今までのは全部演技だったというのか……?)


 その名前を言ってから固まったままの光希を守衛の男は心配そうに見る。


「大丈夫ですか?」


 その言葉に我に返った光希は表情を取り繕って礼を言った。木葉たちに早く伝えなければ……。


 不意に頭を不安がよぎった。本当に伝えるべきなのだろうか、護衛のくせに楓をみすみすと誘拐させてしまった自分が負うべき責任なのではないか……。


 光希は頭を振ってそんな考えを振り払う。もう前の自分ではないのだから。光希は生徒会室に向かって走り出した。


「犯人はおそらく桜木カレンだ……」


 光希は静かに告げた時、木葉と夏美の顔に衝撃が走った。


「えっ⁈あんな気弱な子が……?」


 光希は夏美の言葉に頷いた。


「演技……ね、きっと……。確かにあの子、日本人とイギリス人のハーフだったわね。でも、それでは決定打にはならない……」


 木葉は腕組みをして考え込む。


 突然、携帯のバイブが振動し、光希はズボンのポケットから携帯を取り出した。見覚えのない番号だ。木葉に促されて光希は慎重に電話を取る。


「はい、相川光希です」

「天宮楓は預かった。今夜0時に横田ビルに一人で来い。来なければ、天宮楓は死ぬ事になる」

「……っ! おいっ! 待て!」


 男のようにも女のようにも聞こえる機械音声が感情なく、絶望のようにも希望のようにも思える宣告をして、返事を待たずに切れた。光希はゴクリと息を呑んだ。これで楓を助け出す事ができるかもしれない。手がかりが増えたようで、ちょっとした喜びさえを感じる。だが、これで事態が好転した訳ではない。楓の命は未だ彼らの手に委ねられている。


「誰だったの?」


 夏美は光希の顔を覗き込んだ。


「犯人だ……と思う。今夜0時に横田ビルに一人で来い、と言っていた」

「ラッキーね、これで楓を助け出す目処が立ったわ……」


 夏美はいつもの優しげな目を鋭く尖らせた。


「わざわざ誘拐宣言してくるって事は……、目的は楓じゃない。目的は……」


 夏美は光希にスッと指を伸ばす。


「……光希」

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