第11話 スラム街、偽りの雪の下
改造兵のデモが行われる前日、俺は勤務後、足を
百貨店の車を使えないのはむろんだが、公共交通機関を使えば勘付かれる恐れがあった。運が悪ければ『
むろん俺みたいな一市民の行動を、崑崙コロニーを統べる『皇』が感知してもどうってことはないとは思うが、俺は柘榴の件に『皇』が絡んでると知らされて以来、どこかで警戒する気持ちになっていた。
まさかな、とは思えど、気を配るのに悪いことはないだろう。
クリスマスを前にした金曜日の夜だった。上空からは白い粉がひらひら舞っている。今日は崑崙コロニー中に雪が降る予報になっていた。むろん人工雪だったが、地球の冬が恋しい市民には歓迎されるイベントだ。だけど気温にあの冬の厳しさはなく、雪は路上にたどり着くや、魔法のように溶け失せる。それを見ると、やはりここは宇宙に浮かぶ人工の大地なのだ、という実感が一段と強くなる。
偽りの白い雪が舞うなかを、俺はひたすらに歩く。
私服に羽織ったトレンチコートの肩に雪が触れては、積もるまでもなく消えてゆく。それでも道ゆく市民たちは空を見上げては歓声を上げている。統治委員会の粋な計らいはなかなかの人気だった。
三キロほど歩いたころ、目の前には華やかな電飾で飾られたゲートが見えてくる。紫と黄色の派手なライトに「好」のデカい文字が煌めいている。マダム・ハオの趣味としたら、悪趣味なことだ。
俺は今日は外商部員としての身分を隠していた。とくに一般市民は各地区の往来を禁じられているわけではない。なので、警備兵も俺をちら、と見ただけで、なにも起こることはなく、おれは軽く安堵の息をついた。
――だけど、厄介なのはここからだ。
俺はコートの裾をぎゅっと握りながら、路上の好地区の
ボードに浮かび上がる目的地を見てみれば、そこには赤い注意灯が複数点滅していた。なんらかの事故か事件がまさにいま、起こっている印だ。だが、よくあることなのだろう。
それはそうだ、俺がこれから乗りこもうとしているのは、好地区でいちばん治安の悪いスラム街なのだ。
深呼吸して息を整える俺の頭の上には、いまも白い雪がひらひらと、華やかに舞っている。
俺は今日、特に地図を手にしてはなかった。頭にあるのは数日前、李と会ったときに交わした情報、それだけだ。そのとき知った細かい道順を覚えていられるぐらいには、俺の脳みそはまだ老いぼれていないらしい。
俺は薄暗く、荒れた街を慎重に進む。路上生活者の焚き火が雪を反射してちらちらと視界を掠める。黒く聳え立つ建物の多くは朽ち、ネオンもまばらだ。路上をネズミらしき小動物が走っていくのが見える。
好地区に入って三十分後、目前には目指す薄汚いバーの看板があった。その扉の前には数人の男がたむろしている。
そしてそのなかに、見覚えのある金髪がきらめいているのを目にして、俺はここが目的地である確信を深く胸に刻み込めた。
「……楊、なんでここに……」
「やはり今夜はお前もここにいたか。久しぶりだな。ミハイル」
今日のミハイルは、崑崙コロニー軍の制服姿、そして胸にはでかい勲章が揺れている。なんの勲章か問うまでもない、改造兵の戦功を讃える代物だ。そして周りの男どもも同じ格好だった。
ということは彼らは皆、改造兵なのだろう。彼らの着ている軍服はどこかしら擦り切れている薄汚れたものだった。それもそのはずだ、彼らの軍服は現役自体、つまりは十年前の独立戦争時のものなのだから。
見窄らしい服の上でやたら輝いてみえる勲章が、改造兵の過去の栄光を象徴しているかのようで、俺は複雑な気持ちになる。
だがその心持ちは顔に出さず、俺はミハイルに向き合った。
「お前に頼みがある。俺に改造兵の情報を教えてくれ」
「はぁ?」
ミハイルが眉を顰めながら、俺を睨みつけた。まあ、気持ちはわかる。いきなりそんなことを言い出されるとは思っていなかっただろうから。
「どういう風の吹き回しだよ」
「一般市民に改造手術をした疑惑を察知したからだ」
「なるほど……あの嬢ちゃんか……」
話が早い。それはそうか。ミハイルは柘榴にとっちめられた張本人なのだから。
しかしながら、ミハイルの次の言葉は友好的なものではなかった。しかも、軍服の胸元からなにか黒光りするものを差し出しながら、俺に叫ぶ。
「俺がお前に、そんなに親切にしてやるわけねえだろ! 俺はな、お前のおかげで百貨店の職も失ったし、薫での就職も反故にされなんだからよ!」
その言葉とともにミハイルが雪の舞うスラム街の夜空へと、いきなり高く飛んだ。
続いて、銃撃。
――やはり、さすがは改造兵の動きだけある……!
しかしながら、俺は完全にミハイルの動きを見切っていた。俺も素早く銃を懐より抜き、ミハイルの飛んだ軌跡を完全になぞるように数発弾を放った。
そのうち一発はミハイルの肩に当たったようだった。
「ぐっ……!」
短い叫びとともに、ミハイルが右肩を抑えながら路上に降り立った。周りの男が途端に色めき立ち、俺を囲んだが、俺はなおもこちらを憎々しげに睨むミハイルへと冷静に言い放った。
「俺は一度戦った相手の癖はよく覚えてるんだよ。一回対戦すれば、最初の動きなんぞ、一発で見抜ける」
「こっの……おっさんがよぉ……」
「だが俺は今日、お前と敵対するつもりはない。どうか知ってることがあったら、教えてくれないか」
「それはちっと仁義に反すなぁ」
いきなり背後から俺でもミハイルでもない野太い声がして、俺たちは振り向く。すると、薄汚いバーの扉が開いていた。そして室内から漏れる光のなかには、俺より身長は低いが、体格の良い大男がひとり。
その眼光は鋭く、口もとの髭とともに、周囲の奴らにはない威厳を醸し出している。
それを示すように、ミハイルが呻いた。
「リーダー……」
すると男は俺を見据えて、楽しげに口髭を歪ませた。
「楊さんとやら。こっちから仕掛けたとはいえ、俺の手下に出会い頭に銃をお見舞いするのは、ちょーっと認められねぇんだなぁ」
「あんた、改造兵組織のリーダーか……?」
不敵に笑う男に質してみれば、男はゆっくりと頷く。そして、足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げながら、ニヤリ、凄みのある笑みを唇に浮かべた。
こう、俺にその名を名乗りながら。
「俺の名は
偽りの天からなお、偽りの白い雪は降り続き、仄暗い路上の林とミハイルら男たち、そして俺を包み込む。
そうしてそれからふたつ呼吸を吐いたのち、林が手にした鉄パイプが俺の胴を鋭く襲った。
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