第7話 小籠包を喰みながら

 蓬莱ほうらい百貨店はコロニーの富裕層向けの商業施設だが、一部趣の異なる場所もある。それが地下一階と二階の食品売場だ。


 俺が早番を終えて地下フロアに降りてみれば、そこは地上とは違った活気に満ち溢れている。肩をぶつかり合わせながら歩かねばならないほど、通路は客が溢れ、皆、地球及び全コロニーから選りすぐられた美味そうなものや珍味を物色している。

 それらの人々の服装はまた地上フロアとは異なり、多くが一般市民のものだ。そう、ここ食品売場だけは、蓬莱百貨店であっても一般層を主な顧客とするエリアなのだった。


 雰囲気も市場を思い出すような賑わいだ。あちこちから店員の陽気な呼び込みの声が響き、小さく分けられた各テナントから香ばしい匂いや湯気が漏れ、ショウウインドウには所狭しと食品がひしめきあっている。滑稽なほどに荘厳極まる二階の時計売場に日頃詰めている俺からすれば、まるでここは異世界だ。


 すると、惣菜売場に歩を進めた俺に声をかける者がいる。


「あらヤンさん! 今日もお疲れさまね!」

「おう、ホクさん、あんたもな」


 声を掛けてきたのは、俺のお気に入りの小籠包屋「芙蓉亭ふようてい」の女将、朴さんだった。見たところ俺より十歳くらい年上の気のいい年配の女性だ。

 ふくよかな身体を包む赤と黄の制服も、その上に身につけたエプロンも年季の入ったもので、長年ここで働いていることを示すものだ。いかにもベテランらしく、商品を俺に勧めてくる口調はちゃきちゃきしてて、それでいて嫌味がない。


「あんた運がいいね! 今日はあらゆる種類の小籠包がまだ揃ってるよ! 人気の蟹もまだある、さあさあ、なににするかい?」

「そうだな……なら海老小龍、蟹小龍をそれぞれ十個くれ。それを簡単でいいから、紙に包んでくれると助かる」


 朴さんが目を見開いた。そして、気安い軽口を叩く。


「あら、そんなに? 珍しいね、あんたひとりの飯じゃないのかい」

「まあな」

「さては、いいひとでもできたかね? それとも、つ・い・に、所帯を持ったとか?」

「うるせぇ。そんなんじゃねえよ。冷めちまないうちにさっさと包んでくれよ」


 すると朴さんは大きな肩をすくめながら、俺のオーダ通りに小籠包を用意し始めた。俺は私服のジャケットの胸ポケットから店員証を取り出し、レジに差し出す。


「ちゃんと社割にしといてくれよ」

「はいはい」


 小籠包を包み終えた手でレジを打つ速さも大したものだ。朴さんはにこやかに笑いながら会計を済まし、ひょいと大きな紙包を手渡してくれた。紙包からは出来立てを表すように湯気が立っている。


「毎度! またよろしくね!」


 陽気な声に送られて、俺は惣菜売場の人いきれを後にする。

 それから地下玄関を潜り、商業地と住宅地を繋ぐトラムのターミナルに足を向けた。


 だが、乗り込んだトラムの行き先は俺の住む旧市街外縁部ではなく、旧市街中心部に向かうトラムだった。そして混み合う乗客の頭越しに案内板を見、降りるべき駅を確かめる。

 偶然だが、そこは先日ミハイルと対決した廃工場の近くだった。



 旧市街中心部の薄暗い路地を二本入ったところに目指すアパートメントはあった。

 二度呼び鈴を鳴らしたが、返事はない。どうやら留守のようだった。しかしながらもう時刻は夜時間の十九時半。人工の闇の帷がとっくにコロニー内を覆う時分、流石に彼も仕事を終えてそろそろ帰宅する頃ではないだろうか。


 そんなことを思いながら十分ほど待てば、予想した通り、よれた白衣を纏った褐色の肌の男が、アパートメントの前に姿を現した。彼は俺の顔を見て驚きの声を上げる。


楊 浩然ヤン ハオラン!」

「久しぶりだな、アダン・マハラニ」

「久しぶりもなにも、今年の春節以来じゃねえか! 仕事が忙しいって言ってたからさ、また次の春節までご無沙汰かとばかり思ってたよ。元気か?」


 アダンは短い黒髪をかきあげながら、突然現れた俺に、にこにこ笑いながら唾を飛ばす。相変わらずの童顔で、人懐こい笑顔だった。白衣を着ていなければ、彼の職業が医者であるなど誰も思わないだろう。いや、その白衣も皺でよれよれなうえに薄汚れていて、とてもじゃないが医療行為に長けた人間に相応しい格好には見えやしない。

 だが、そのなりは、こういうやさぐれた地区で医師をやるにはちょうど良い。


 俺は駆け寄ってきたアダンに小籠包の入った包みを渡した。


「ほら、土産だ。小籠包」

「あっ、天下の蓬莱百貨店の? ありがたいな。それもこんなにたくさん」

「どうせ近所のガキや患者にやるだろ? お前のことだから」


 対してアダンはただ笑いながら包みを受け取るばかりだ。

 そしてドアのロックを解除し、部屋に俺を招き入れる。明かりがともれば簡素極まりない1DKの小部屋が浮かび上がる。目立った家具はベッドと窓際に置かれたデスクとモニター、そのくらいだ。彼らしかった。


 ドアを閉めたアダンがエアコンのスイッチを捻れば、弱い暖房が空調をくすぐり始めた。いまは秋季節。コロニーの気温はやや低めに調整されている。コロニー内は常に温暖な過ごしやすい気候が保たれてはいるが、やはり多少の変動がないと落ち着かないのが、人間だ。

 それはいまだ俺たちは地球に囚われているってことでもある。


 部屋の奥から、クッションがひとつ飛んできた。


「それに座れよ。まあ、腰掛けるところって言ったらベッドくらいしかないけど。そこで小籠包食おうぜ。せっかくだから」


 そう言いながらアダンはキッチンで冷蔵庫を探っている。やがてそのなかから缶ビールをふたつ取り出すと、彼も俺に続きベッドに腰掛けた。

 俺たちは軽く乾杯した後、小籠包をほおばる。まず手を伸ばした蟹小籠はさすが人気商品だけあって、舌が蕩ける美味だった。口内にじゅわっ、と満ちる汁も極上だ。


「ところで、どうした」


 蟹小籠を二個ずつ食べ、次にと海老小籠に手を伸ばした頃、アダンが口を開いた。小腹を満たすまで本題に入らないでくれるこいつは、やっぱり優しい。

 俺は心遣いに感謝しつつ、今日の訪問の目的を切り出す。極めて端的に。

 しかし、核心をつく一言で。


「改造兵というのは、脳も弄れるものなのか? 元軍医のお前なら、知ってるんじゃねぇか。そう思ってさ」


 アダンが小籠包を食むのをやめ、ごくり、と唾を飲む気配がした。それから彼は喉奥から絞り出すように、俺に尋ねる。


「なにがあった……?」

「つまりは、一旦改造してしまえば、人格や性格も変えられるのか、そういうことさ。俺はそれが知りたい」

「あー、楊、お前なんか面倒くさいことに首突っ込もうとしてないか?」


 アダンが黒髪をぼりぼり掻きながら俺を見た。はっきり言って、図星だ。俺だって件に足を突っ込もうとしている予感はする。

 だけど、俺にはここで引けない理由があった。


 しばらく黙りこくったあと、アダンが口を開く。


「そうだな……一般的には、無理なんじゃないかな。俺はそういう手術例は寡聞にして聞いたことはない。改造手術は、いうなればサイボーグ技術で、あくまで戦地の負傷兵にだけ行われていた。戦力確保のため、当人に断ることもなしにな。だが、戦況が緊迫するかなり切羽詰まった状況下でだから、身体能力の改造のほかに、精神面での研究まで押しはかられる暇はなかったはずだ。精神制御剤だったら、あの頃すでに茘枝ライチがあったし」

「うむ……。では、改造手術を一般市民が受ける可能性は?」

「それはないね」


 アダンの今度の返事は、きっぱりとしたものだった。彼は海老小籠に手を伸ばし、それを口に放り込む。そして咀嚼し終えると、俺の顔をまっすぐ見据えてこう語った。


「改造手術は戦地以外で行われなかったはずだ。独立戦争終結時の地球軍との講話条項は、お前も知っているだろ?」

「まあ、だいたいは」

「そうだよな。改造兵の存在は我々崑崙こんろんコロニーと地球軍の間では、大きな懸案事項のひとつだったからな。なにしろ、彼らの活躍あってのコロニーの勝利だったわけだから。それだけに地球軍はいまも独立戦争を続けている他のコロニーに、改造兵が流れることを何よりも恐れた。新しく生み出されるのも、崑崙の改造兵が傭兵として流入するのも、双方」

「……」

「だから、講話の際、改造手術は今後一切崑崙コロニーでは禁止されることになった。改造手術の技術は崑崙しか保持してなかったから、事実上人類社会ではその技術は葬られたも同じだ。まあ、名目上は人道に反する技術だから、という理由だけどな。そして、改造兵の崑崙コロニー外への移動も禁じられた」


 そして、アダンは二個目の海老小籠を噛みしめながら、こう話を締めくくった。


「改造兵は独立当初こそ英雄として扱われたが、次第に一般市民からは、その卓越した身体能力を恐れられるようになった。そうとなってしまえば、コロニーから外に出ることもできず、かといって日常社会に溶け込むこともままならない彼らは厄介者でしかない。そしてもう、それから十年が経過している。それであってこその、いまの社会状況さ」


 その瞬間、ふっ、と俺らの間を冷たい風がよぎったような気がした。室温はエアコンで保たれているし、そもそもコロニー内の気温も人間に不快な寒さを感じさせないよう厳重に管理されているから、本当に気のせいでしかないのだが。しかしながら、部屋の空気にはなにかが冷たく沈殿してる。


 そう感じたのはアダンも同じみたいだった。彼はぶるり、と震え、着たままだった白衣の前身頃を手繰り寄せながら小さく零す。


「……だからさ、なんだか知らないが奴らのことなんぞ、首を突っ込まないほうがいいぞ、楊」

「わかっている」


 アダンの心からの忠告に、俺は頷きながら答えた。

 だが結局、答えながらも、ふと余計な語が漏れた。


「……あいつがセルゲイの妹でなければ、こんなことはしないのだが……」


 ――楊、柘榴を頼むよ――。


 俺の脳裏に、かつてのフ―地区外商部員の男の声が響きわたる。


 セルゲイ・マルコフ。そう。奴は俺と同じ蓬莱百貨店外商部員で、柘榴の兄で――。


 そして、四年前に死んだ。

 それも、柘榴の目の前で。

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