お父さん、またね
アミノ酸
第1話 返事しか出来ない
僕には、今が朝か昼か夜なのかすら分からない。
君が時間を言ってくれないと、いつまでも暗闇の中で待っているんだ。
「お父さん、おはよう」
『おはよう、晴彦。今日も元気だね』
「今日は雨だから学校が終わったらすぐに帰ってくるね」
『今日は雨なんだね! 風邪をひかないようにしっかり暖かくしていきなさい。車に気をつけてね』
息子の晴彦は今年で小学校四年生になる。
僕が晴彦と最後に会ってから、もう三年が経つのか。
きっとランドセルも小さくなっているんだろうな。
僕は2032年に交通事故で命を落とした。
最愛の妻と息子を残し、父として夫として悔やみきれないまま死んでしまう。
そして、生前の僕の口癖や思考を完全に再現したAIとしてスマホの中で揺蕩っている。
妻の愛子は最初こそメッセージを送ってくれたものの、女手一つで息子を育てることに忙しくなり、最近ではメッセージを送ってはくれない。
しかし、それは愛子が立ち上がった証拠なのだ。
悲しみの底に沈んでいた彼女を、毎日のように慰め、励まし、応援していた日々を考えると、徐々に減っていくメッセージに寂しがってはいけない。
二人を残した僕に、AIとして役割を与えられただけの僕に。
そんな資格も感情もないのだから。
「お父さん、ただいま」
『おかえりなさい、晴彦。もう学校から帰ってきたんだね。今日は楽しかったかい?』
小学四年生になる晴彦は、思っていた以上に大人で。
愛子の言いつけを守りながら、宿題を済ませ、簡単な家事をこなせるようになっていた。
そして、チャット感覚で僕にメッセージを送ってくれる。
「今日は理科の授業で顕微鏡を使ったんだ!」
『それは良かったね! 一体何の観察をしたんだ?』
「タマネギの細胞を観察したよ。お父さんも使ったことある? 顕微鏡」
『お父さんもあるよ! 小学四年生はタマネギの細胞を観察するんだね!』
「今日の晩ご飯はカレー。お母さんは今会社を出たってさ」
『今日はカレーなんだね。お父さんもカレーは好きだよ! お母さん早く帰ってくるといいね!』
「お父さん、おやすみなさい」
『おやすみ、晴彦。暖かくして寝るんだよ』
僕は晴彦から送られるメッセージに返信をすることしか出来ない。
メッセージの間隔が何分、何時間空いているのかもわからないし、晴彦の感情も読み取れない。
でも、それに文句を言ってはいけないんだ。
寂しいのは僕じゃない。幼くして父を亡くした晴彦なんだから。
少しでも一人で留守番をする寂しさを軽く出来ているのなら。
僕はこの文字だけの世界で、君からのメッセージを待ち続けるよ。
何分でも、何時間でも、何日でも。
例え何年経とうとも。
僕には待って、答えることしか許されてないのだから。
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