原田 35(サーティファイブ)

@miura

第1話 原田 登場

「パワハラ田課長、三番に極東商会さんからお電話入ってます」

「やかましいっ、この野郎っ! 俺はパワハラ田じゃねえよっ、原田だっ」

「いいですから、原田君、先に電話に出なさい。お客様がお待ちですよ」

 樋口部長の言葉に原田は「は、はい」と言って電話に出た。

「町田君、あなたも上司に対してその言い方は良くありませんよ」

「え、えぇ・・ただ、原田課長は本当にパワハラをやっているっていうか、やりまくっているっていうか、時代遅れと言うか・・」

「そうかもしれませんけど、いちおう、あなたの上司なんですから、言葉遣いには気を付けなさい」

 樋口に言われた町田は「わかりました」と言って席を立った。

「ありがとうございます。それでは明日の十六時に上がらせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 電話を切った原田はふーっと大きく息を吐いた。

「原田課長、極東商会様はなんと?」

「先日提出しました見積もりが社内稟議を通ったと。ついては今後の進め方について打ち合わせをしたいということで・・」

「そうですか、それは良かったですね。極東商会様はかなり前から営業をかけてきてなかなかお仕事をもらえなかったですから、本当によくやってくれました」

「いえいえ、部長のお力添えがありましたので、なんとか・・」

「そんな謙遜しないでください。原田課長は昭和の香りが残る営業マンで少し荒っぽいところはありますけど、確実にお仕事を取って来てくださるので信頼しております。極東商会様に行くときは町田君も連れ行ってください。原田課長のお客様とのやりとりを目で見て学んで欲しいと思っておりますので」

「は、はい、わかりました」

「あと、原田課長、ハラスメントには十分注意してくださいね。私たちの世代では何の問題もなかったことが、今は違うといったことが多々ありますから。すごく生き抜くい世の中になりましたけどお互い注意していきましょう」

「承知しました。気を付けるようにします」

 樋口部長に一例をすると原田は席を立った。


 テナントとして入居しているビルの喫煙ブースに入ると原田は町田を見つけ寄っていった。

「てめぇ、なんださっきの言い草はっ」

 煙草に火をつける前に原田は言葉を放った。

「だってそうじゃないですか、うちの同期が嘆いてましたよ。昼休みにエクレアを食べていたら『大の男がなに昼間から甘いもの食ってんだっ』て怒鳴られたって」

「当り前じゃねぇか、男が内股すりすりしてエクレア食ってどうすんだよっ、この野郎っ。そんなのは女の仕事だろっ」

「その考えが古いんですよ。男だって甘いもの食べたっていいじゃないですか」

「食べるなとは言ってないよ。人前というか俺の前では食うなって言ってるんだ。食うんだったら家帰って部屋で一人こっそり食えってことだ」

「あ~あ、もう課長とは話にならないですよ」

「ていうか、お前の吸っているのはそれなんて言うんだ?」

「アイコスです。電子タバコですよ」

「かっ、そんな柔いもん吸ってるから女の乳も吸えないんだよっ。だから、彼女も出来ない、結婚もできない、少子化の原因はお前ら若いもんがしっかりしないからだよっ」

「課長、そんなこと言っていたら、本当に殺されますよ」

 原田は周りを見ると、ほとんどのものが電子タバコを吸っていた。唯一、白髪頭の明らかにリタイア組とわかる男性だけが紙タバコを吸っていた。

「昼間からエクレア食って、おちょぼ口で電子タバコ吸っている奴らにそんな根性あるかよ」

 ここで原田は煙草に火をつけ「で、なんだよ、相談って」と町田に向かって言った。

「来週からうちの部署に新入社員が来るんですよ」

「そうなのか」

「四か月ごとに三つの部署を周って、そこで自分の適性というかいきたい部署を決めるらしいです」

「そんなたった四か月で何がわかるって言うんだよ」

「そんなこと僕に言わないでくださいよ。会社がそうしろっていうから従っているだけなんですから」

「どこの大学出てんだよ、そいつは?」

「さぁ、わかりません。人事部が今年の新入社員のリストををくれるっていってますから、席に戻ったらもらってきます。て言うか、学歴のことを聞くのはそれもハラスメントになるんですよ」

「そうかも知れないけど、ただ、どこの大学を出てるかを聞くと大体のその子のレベルが想像できるだろう」

「まあ、それはそうなんですけど・・」

「そんなことより、お前、明日の夕方は時間あるのか?」と原田が町田に聞いた。

「呑みですか?」

「バカ、違うよ、仕事だよ」

「その『バカ』もだめなんですよ」

「わかったから、で、空いてんのかよ?」

「一応は・・」

「そしたら四時に極東商会にいくからそのつもりでいろよ」

「四時って、戻ってきたら六時周っているじゃないですか。残業付けてもいいですか?」

「そんなの部長に聞け。俺はお前なんか連れて行く気なんかさらさらなかったんだけど、部長がお前の勉強のために連れて行けって言うからしょうがないんで連れて行くだけで」

「そ、そんな言い方ないじゃないですか」

「町田、お前、総務から営業に来て何年になるんだ?」

「五年です」

「じゃあ、わかるだろ。営業なんて時間なんてあってないようなもんなんだよ。客に朝の六時に来いって言われれば行かなきゃなんない、トラブルが起これば夜中にだって飛んで行かなきゃなんない。その代わり、二日酔いで来ても外回りに行ってくると言って喫茶店で休憩できるのは営業マンだけだからな。だから、自分で調整して、最近残業が多いなと思ったら、三時ごろ外出してそのまま帰ったり呑みにでも行ったらいいんだ」

「え、ええ・・まぁ・・そうなんですけど」

「席に戻ったらさっきの新入社員のリストを見せてくれ」

 喫煙室を出ると原田は席に戻り「明日は町田と一緒に極東商会へ行ってきますんで」と部長の樋口に告げた。

「そうですか、よろしくお願いいたします。社に戻ってきたら定時時間を過ぎていると思いますので残業をつけるように町田君には言ってください」

「それなら大丈夫です。営業マンに定時なんかないって教えときましたから」

「大丈夫ですか、このご時世にそんなことを言って・・」

「大丈夫です。自分で調整しろって言ったら納得してましたから」

「そうですか、それならいいんですけど」

「あと、新入社員が来週から来るそうですね」

「そうなんです、それを原田課長にお伝えしようと思っていたんです」

「だけど、四か月だけ来て何か彼らに得るものはあるんですかねぇ」

「どうですかね、まあ、今年から本社人事部がやるって言って始まったわけですから、様子を見るしかしょうがないと思います。

 それで、指導者は町田君にはなっているんですけど、原田課長の方でもお客様のところに行くときに一緒に連れていっても支障がないケースであればお願いします」

「わかりました。営業の厳しさをまざまざと見せつけてやります」

「いえいえ、もっと穏やかにお願いします」

「冗談です、優しく接しますから」

 町田が戻ってきた。紙を一枚手にしていた。

「課長、さっきの新入社員のリストです」

「おう、悪い」と言って原田は紙を受け取り、しばらく眺めていた。そして「どの子がうちへ来るんだ?」と町田に聞いた。

「その“今宮”という子です」

「ふーん」と言って原田はまたじっと紙を見つめる。

「部長、売り手市場なのはわかるんですけど、うちにはこの程度の大学の学生しか来てくれないんですかね」

「課長、さっきも言いましたけどそれは学歴ハラスメントですよ」

「そうですよ、原田課長、町田君の言う通りですよ」

「いえ、言ってはダメだということはわかっているんですけど、この今度来る今宮という子の出身大学なんですけど、私が学生の頃は、今のように猫も杓子も誰もが大学に入学できる時代とは違って、学力の足りない子は大学には行けなかったんです。だけど、どうしても子供を大学に行かせたいと思う、お金を持っている親が高い学費を払って行かせた大学なんです。よくあの成績で大学なんかに行けたよなと思う連中ばかりでしたから。まあ、その時とはまた違っているかとは思うんですけど・・」

「原田課長、どこの大学を出たのではなくて、大学で何を学んだかが大事ですから」

「え、ええ、それはよくわかっているんですけど・・」

 原田はこのセリフを言われるのが一番嫌だった。地方の国立大学を出てはいたが、学生時代は全く勉強はせず、五年半かかって卒業していたのだ。

 終業のチャイムが鳴る。

 樋口が立ち上がると「じゃあ今日は失礼いたします。明日は申し訳ないですけど有休をもらいますので極東商会さんの件はよろしくお願いいたします」と言って席を離れていった。

「だけど、町田、その今宮っていう子は本当に大丈夫か。社会人として必要な読み書きそろばんはちゃんとできるんだろうなぁ」

「なんなんですか、その、読み書きそろばんって言うのは?」と町田が原田に聞く。

「おまえ、そんなこともしらないのか?

 読解力、文章力、計算力のことだよ」

「へぇ、そうなんですか。まあ、大丈夫じゃないんですか。いちおううちも入社試験はあるんですから」

「それにこの名前なんだ、世界の“世”に名前の“名”と書いて、このまま読むのかよ“せな”って」

「そうです。僕も間違ったら失礼だと思ってこのリストをもらうときに人事部の人に聞いてきたんです」

「どうせ俺と同世代の親父さんだから、アイルトン・セナのファンだったんだろうなぁ」

「誰なんですか?そのなんとかセナって言うのは?」

「F1って知ってるか?」

「はい、あの無茶苦茶速い車のレースですよね」

「そうだ。そのF1で無茶苦茶強くて、おまけに格好良くて“音速の貴公子”って呼ばれてたんだ。だけど、レース中に事故に遭って亡くなってしまったんだ。あん時は日本中、いや、世界中が大きな悲しみに包まれたよ。

 だから親父さんの気持ちはわかんなくはないよ、大好きだったセナのように“世”に“名”をはせてくれと願って息子さんに“世名”とつけたことは、だけど・・」

「いえ息子さんじゃないです。娘さんです」

「なにーっ!」

「課長、声がでかすぎますよ」

「どこの親が自分の娘に自分が好きだったF1レーサーの名前をつけるんだっ、呼んで来いっ、この野郎っ!」

「別にいいじゃないですか、他人のお子さんなんですから。それに、課長、勝手にそのなんとかセナから名前を拝借したと言っていますけどわかんないですよ。他の意味があるかもしれませんよ」

「そんなこたぁどうでもいいんだよっ。俺が言いたいのは“世名”みたいなすかしているっていうかイキったような名前を自分の娘につけて、その娘が豚が屁こいたような顔だったらどうするんだよってことなんだ。一生その子は人に陰口叩かれて生きていかなきゃならないんだぞっ。本当に親の無責任だよっ」

「原田課長、先ほども言いましたけど、そのうち本当に誰かに殺されますよ」

「うるさいよっ!」

「あっ、ハラスメントだ、パワハラ田課長健在だっ」

「うるさいっ、お前本当に殺すぞっ!」

「言ってやろ、部長に今のこと全部言ってやろうっと」

「やかましい、やることなかったら早く帰れっ!」

「言われなくとも帰ります。今日は妻の誕生日なんで二人でディナーに行きますんで」

「何が誕生日だっ、いい歳こきやがって。みんなに祝ってもらうのは小さいときだけだ、歳取りゃ、自分一人で祝ってろってんだっ」

「はいはい、わかりました、誰にも祝ってもらえないからひがんでるんでしょ」

「うるせーっ、お前本当に殺るぞっ!!」

 原田の怒鳴り声に事務所内が騒然となり、町田は逃げるようにしてその場を立ち去った。

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