追放された公爵令嬢、知識で辺境を救い、王都を出し抜く
伝福 翠人
偽りの断罪
偽りの断罪
「イザベラ・フォン・ヴェルフェルト! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
王宮の大広間。
第一王子アルフォンスの甲高い声が、静まり返った場に響き渡った。
集められた貴族たちの視線が、一斉に私――イザベラ・フォン・ヴェルフェルト公爵令嬢に向けられる。
その視線は、好奇、侮蔑、そしてわずかな同情。
私は、背筋を伸ばしたまま、目の前の茶番を冷静に観察していた。
アルフォンスが庇うように抱きしめているのは、男爵令嬢のリリアナ。
潤んだ瞳でこちらを見つめる、庇護欲をかき立てる小動物のような少女。いわゆる「乙女ゲームのヒロイン」というやつだ。
「イザベラ! 貴様は、その高慢さゆえに、か弱きリリアナを虐げた! 嫉妬に狂い、彼女に暴行を加え、あまつさえ王太子妃の地位を盾に脅迫した! その罪、万死に値する!」
ああ、始まった。
リリアナが王宮に来てから、ずっと予測していた「断罪イベント」だ。
リリアナはアルフォンスの胸でか弱く首を振る。
「違います、アルフォンス様…! 私が至らないばかりに、イザベラ様のお怒りを買ってしまったのです…。でも、でも、階段から突き落とすなんて…っ」
悲鳴のような嗚咽。
なるほど。私の罪状は「傷害」と「脅迫」か。
私は、一切の感情を排して口を開いた。
「アルフォンス殿下。その『断罪』には、致命的な欠陥があります」
「なんだと!?」
「まず第一に、リリアナ嬢が主張する『階段から突き落とされた』時刻。その時、私は王宮にはおりません」
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、広げてみせた。
「これは、宰相閣下の署名入りの入退室許可証です。私は昨日、殿下への報告通り、国家運営に関する古代魔術理論の文献調査のため、王立禁書庫におりました」
宰相閣下。その名前に、アルフォンスの取り巻きの一人である、宰相候補の息子の顔が一瞬こわばった。
「そ、そんなもの…!」
アルフォンスが反論しようとした瞬間、リリアナが震えながら叫んだ。
「イザベラ様は、宰相閣下のお名前まで利用して…私を脅すのですね…!」
「……は?」
「私が、これ以上アルフォンス様のおそばにいたら、公爵家の力で、宰相閣下を動かして、私の実家である男爵家を潰す、と…! そう脅されたのです…!」
「……」
リリアナは、完璧なタイミングで泣き崩れた。
アリバイの提示(理屈)が、脅迫の証拠(感情)にすり替えられた。
見事なものだ。
アルフォンスは、もはや私の言葉など耳に入っていなかった。
愛する少女の涙を前に、彼は「為政者」ではなく「男」を選んだ。
「イザベラァァ!! どこまで卑劣な女だ! もはや弁明は聞かぬ!」
ああ、無駄だ。
この男は、耳障りな「忠告」や「正論」よりも、心地よい「賛美」と「涙」を選ぶ。
為政者として、致命的な欠陥。
私は、すっと背筋を伸ばし、完璧な淑女(カーテシー)の礼をとった。
「――殿下のご裁定、謹んでお受けいたします」
「なっ…」
私が抵抗もせず、命乞いもせず、あっさりと受け入れたことに、アルフォンスの方が戸惑っている。
「ただし」と私は続けた。
「一つだけ。私の『知識』は、私だけのものです。私が王太子妃教育で培った政治学、経済学、そして禁書庫で得た『古代の瘴気災害対策と特殊作物の研究』。その全てが、この国から失われることを、ご承知おきください」
「ふん! 脅しか! 誰が貴様の知識など頼るものか! この国には、リリアナの『奇跡』がある!」
そう。それだ。
リリアナの力は、見た目は華やかだが効果は一時的。
土地や周囲の生命力を「前借り」する、危険な代物。
その副作用(リスク)を、私はすでに掴んでいた。
「イザベラ! 貴様を、公爵令嬢の地位から追放し、瘴気蔓延る『嘆きの森』に近い、北東辺境伯領へ永久追放とする!」
辺境領。
国で最も痩せた、絶望の土地。
だが、私の頭脳はすでに高速で回転を始めていた。
『嘆きの森』。瘴気災害。
それは、私が禁書庫で研究していた「古代の事例」そのものではないか。
追放?
とんでもない。
これは「実践」の場だ。
私は、アルフォンスとリリアナに、もはや何の価値も感じないゴミを見るような視線を向けた。
「承知いたしました。――必ずや、『実績』をもってお返しいたします」
私の復讐は、涙でもなければ、奇跡でもない。
揺るぎない「知識」と、それによってもたらされる、圧倒的な「実績」だ。
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