第26話 動画の中の四人と西山

「それでは、話を始めましょう。まずはもう一度、私の自己紹介から。私の名前は西山健作。札幌にある西山医院で院長をしています。専門は脳神経外科です。病院はもともと父が開業し、その後は兄が院長を務めていました。しかし昨年、その兄が亡くなり、急遽、私が後を継ぐことになりました。私はそれまで長い間、アメリカの大学病院で脳の研究に従事していたのですが……父と兄が守ってきた病院を人手に渡すのがどうにも忍びなく、生まれ故郷に戻る決意をした、というわけです」

西山の語りは、淀みのない落ち着いた調子で続いていく。

その声は一定のリズムを保ち、どこか医者らしい冷静さと誠実さを帯びていた。

対して、川島たち四人は、まるで身じろぎすることさえ忘れたかのように固まっていた。

手も足も、まぶたでさえも動かさず、こわばった表情のまま、西山だけに意識を集中させていた。

「私と兄は、決して仲が良い兄弟ではありませんでした。特に喧嘩をしたわけでもないのですが……十数年ものあいだ疎遠で、私がアメリカに渡ってからは、兄がどんな生活を送っていたのかほとんど知らなかったのです。兄が亡くなり、日本へ戻って遺品整理をしていたとき、偶然兄の日記を見つけました。その中身を知った瞬間――私は、目の前の現実を受け入れることができませんでした。そこに記されていたのはあまりにも衝撃的で、とても兄が実際に行ったこととは信じられなかった。そこで、兄の家で長年家政婦として働いていた女性に連絡を取り、日記の内容が本当なのか確かめることにしました。すると彼女は……日記に書かれていたこと、つまり兄があなた方にしてきたことは、すべて事実だと認めたのです」

そこで、西山は一度言葉を切った。

胸の奥に沈んだ思いを引き上げるように、短く息を吐いてから、再び語りはじめた。

「ここで兄の行い――あなた方にしてしまったことを語るのは、兄を弁護するためではありません。どれほど事情があったとしても、兄の罪が消えることはないでしょう。ただ……兄が亡くなった今、その償いをできるのは、もう私しかいないのです。ですから兄に代わって、この話をさせてください。それに、あなた方が“本当のこと”を知ることは、これから新しい未来を築くための、大切な第一歩になるはずです」

そう言いながら、西山は川島たち一人ひとりの反応を確かめるように視線を巡らせた。

川島たち四人は、依然として固まったままだった。ただ、戸惑いと混乱の入り混じった表情で西山を見つめ、続きが語られるのを待っていた。

「兄は医学部を卒業したあと、数年間いくつかの地方病院に勤務し、その後、父の病院で働きはじめました。二年ほどして結婚し、昭という男の子が生まれました。初孫だったこともあり、両親はたいそう可愛がっていたようです。ところがその両親が、海外旅行中の事故で突然亡くなってしまい、兄が急きょ病院の院長を継ぐことになりました。私はちょうどアメリカでの研究が軌道に乗りはじめた頃で、葬儀のために数日だけ帰国し、そのまますぐにアメリカへ戻りました。兄はその後も院長として病院を守り、妻と昭君と三人で平穏な生活を送っていました。しかし……その幸せは長くは続きませんでした」

そこで西山は一度まぶたを閉じ、言葉を選ぶようにして続けた。

「昭君が五歳のとき、悲劇が起きたのです。その日は奥さんの誕生日で、兄の仕事が終わったあと、家族で外食する予定でした。毎年そうしていたようです。ふだんなら一度家に戻ってから三人で出かけるのですが、その日に限って兄は手術で遅くなり、病院から直接レストランに向かうことになりました。奥さんと昭君はタクシーで向かっていました。しかし途中、道路脇から飛び出してきた猫に運転手が驚き、急ハンドルを切ってしまい、対向車と正面衝突したのです。運転手は即死でした。奥さんは奇跡的に命をとりとめ、まもなく意識も戻りました。しかし昭君は……かろうじて一命は取り留めたものの、意識が戻らない状態でした。兄は昭君を自分の病院に入院させ、必死に治療しました。容体は安定しましたが、意識は戻らない。国内の有名な専門医にも助言を求めましたが、それでも状況は変わりませんでした。奥さんは毎日泣き続け、自分を責めました。『どうして誕生日に外食なんて考えてしまったのか』『家で食事をしていれば息子を苦しめずに済んだのに』と。罪悪感は徐々に強まり、やがて脅迫観念のようになっていき……そして半年後、昭君の六歳の誕生日に、奥さんは自ら命を断ってしまいました。」

西山はそこで小さく息を吸い、沈む声で続けた。

「その日を境に兄は病院を離れ、院長の肩書きも捨てました。そして昭君を病院から引き取り、札幌の自宅を売り払い、田舎にある別荘へ移り住んだのです。世間との関わりを断つかのように、ひっそりと。けれど、それは子どもを諦めたからではありません。むしろその逆で、兄は“自分の手で昭君を治す”という強い思いに駆られたのです。別荘にはすぐにさまざまな医療設備が運び込まれ、兄は四六時中、昭君のそばで治療と観察を続けました。そこからの日記は、もはや『日記』というより『診察記録』でした」

そう言うと、西山はカバンから数十冊ものノート束を取り出し、そっとテーブルへ置いた。

「これが兄の日記です。もちろん一部ですが。兄は医者になってから亡くなるまで、一日も欠かすことなく書き続けました。すべて合わせれば膨大な量になります」

西山はそのうちの一冊を手に取り、ぱらぱらとめくってから、あるページで指を止めた。

「別荘に移ってからの記録を、少しだけ紹介します」

そう告げ、彼はそのページに書かれた文章を四人へ読み聞かせはじめた。

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