第5話

川島は、銭形と一緒に、ホームセンターから少し離れた商店街の中にある古びた喫茶店に移動し、向かい合って座っていた。

あのホームセンターでは、銭形を振り切って逃げ出すこともできた。しかし、自分の部屋も知られているだろうし、どこに逃げても銭形にはすぐ見つかってしまいそうに思えた。それに、銭形の態度からは、こちらの正体を世間にばらしたり、それをネタに脅したりする様子は見えなかった。初めに感じていた恐怖や混乱は、徐々に薄らいでいった。

「それで、先程言っていたルパンの仇を討つって、ルパンという人は誰かに殺されてしまったんですか?」

「そうだ。俺の目の前でな」

銭形は、ひと回りしょんぼりと萎んだ。大きな目が涙でわずかに潤んでいる。

川島は、こんな話に真剣に付き合う気などなかったが、少し話をしながら、銭形がどれほど自分のことを知っているのか、それだけ確かめておきたかったのだ。ここまでのところ、自分がサンタクロースだということはまだばれていないようだ。

「誰に殺されたんですか、ルパンは?」

鼻をすすっている銭形に、川島は静かに質問を続けた。

その問い掛けで、銭形の表情は苦々しいものに変わった。本気の怒りと悔しさがにじみ出ている。

「インターポールだ……。ルパンは、インターポールに殺されたんだ」


あれは去年の冬のことだった。あの時のルパンの行動は、今までのものとは全く違っていた。

予告状は俺にだけ送られてきていて、狙いはインターポール本部ということだった。インターポールになんか、あいつがほしがるお宝があるはずもなかった。ルパンの目的が何なのか、全く理解できなかった。

その予告状には、こうも書いてあった。

『これが最後の仕事。1対1で勝負したい。この予告状の事は誰にも言わないでほしい。 ルパン三世』

俺は、予告された日、インターポール本部に夜遅くまで残っていた。

本部長には、大事な調べ物があるので徹夜になるかもしれないと嘘をついた。ルパンからの予告状を上司に隠して勝手に行動するなど、後々大変なことになるだろう。そんなことは分かっていた。

しかし、今回はなぜだか、ルパンに言われた通りにしたかった。

同僚や上司は皆、早々に仕事を切り上げ、家路についていた。最後まで残っていた本部長も、ちょうど夜9時に一言声を掛けて部屋を後にした。

すると間もなく、自分以外誰もいなくなった部屋に、ルパンが現れた。現れたと言っても、姿は見えず、声だけが部屋の中に響いていた。

「よお、とっつぁん。相変わらず仕事熱心だこと」

いつもながらふざけた声で『とっつぁん』呼ばわりしやがって。しかし、声から存在を知らせるとは、一体どういうつもりだ?

「出たなルパン。どこだ!姿を見せろ!」

「まあ、待てって。まずは、ゆっくり話でもしようぜ、とっつぁん」

「なんだと? なんの話だ?」

「正義の話だよ」

「あ? コソ泥のお前に、正義が語れるわけがないだろう!」

「そうかもな…。ただな、とっつぁん。コソ泥にもコソ泥なりの正義ってものがあるんだぜ」

「そんなもん、お前の屁理屈に過ぎん!」

「そう興奮するなって。まずは、こっちの話を聞いてくれよ。これが最後なんだからさ」

「…最後ってどういう意味だ? もう泥棒家業から足を洗うってことか?」

「まあ…。そういうことになるかな」

ルパンの声は、今までに聞いたことのない穏やかさを帯びていた。

「おい、ルパン…。お前、どうしたんだ?」

ルパンは俺の問い掛けに答えることをせず、話を続けた。

「俺はルパン一族に生まれ、なんの疑問も持たずに泥棒になっていた。若い頃は、でかいお宝に挑むスリルを味わい、仲間と騒ぎ立てるのが楽しかった。ただそれだけだった。確かに、その時の俺には正義のかけらも無かったな」

「ルパン…?」

「ある時、俺は、ガキの頃にお宝を貯め込んでいた小さな箱を見つけたんだ。動物の形に見える石ころ、綺麗な古城の絵葉書、雑誌や新聞から切り抜いた国旗…。そして、その箱には自分の夢が書かれた紙切れも入っていた。そこには、『自分は正義の味方になって、みんなを幸せにする』なんて書いてあったんだよ」

「ルパン、お前は一体何が言いたいんだ…?」

ルパンは続ける。

「知ってるか、とっつぁん。最近の研究によると、人は正義の心を生まれながらにして持ってるんだってよ。…たぶん俺も、ガキの頃はとっつぁんのような正義の味方になりたかったんだろうな。でも、ルパン一族の人間が警察官になるわけにもいかないだろう?結局は、自分の本能的な正義感を押し殺して、怪盗ルパンをずっと続けてきたってわけだ」

「お前…、そこにいるのか。姿を見せてくれ、ルパン。」

「俺は、最後に一つだけ正義の味方らしいことをしたくなったんだよ。だから俺の頼みを聞いてくれ、とっつぁん。本当の悪の親玉は、このインターポールの中にいる。世界中の人々を苦しめている悪魔だ。」

「このインターポールに…悪の親玉だって?それは誰なんだ?そいつが何をしているっていうんだ?」

俺は、声のする方へ必死に問い掛けた。

「そいつは、このインターポールを隠れ蓑にして悪行を重ね、今ものうのうと正義の味方面して生活してるんだよ。」

「だからルパン、そいつは一体誰なんだ?」

「その悪魔の名前は――」

バンッ、バンッ!

乾いた銃声が二度、夜の静寂を裂いた。それは夜の静寂を打ち破る不快な音だった。

続いて、ドサッと何かが倒れる重たい音。

俺は反射的に銃を取り出し、銃声が聞こえた方向へ構えた。目を凝らし様子を伺うが、既にそこには誰もいない。

誰かが撃たれた――。

誰なのか、俺にはもうわかっていた。

部屋の隅で、その誰かが靴の裏側をこちらに向けて大の字に倒れているのが見える。

「おい…」

静かに声を掛けたが、返事は返ってこない。

その瞬間、この世界の重力が突如として変わってしまい、体が鉄の塊のように重くなったのを感じた。足をうまく前に運べない。

「おい…」

やはり返事はなかった。

麻痺し始めていた頭を必死に働かせ、重い足を引きずりながら、ようやくその足元にたどり着いた。

見下ろした先で、ルパンは動かなくなっていた。

その顔は、あまりにも穏やかで、まるで静かに眠っているかのようだった。

その瞬間、俺の中で何かが完全に崩れてしまい、あとの事は自分でもよく覚えていない…。


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