『おじさん美少女に転生したけど、ダンジョン生活ムリです!』 〜生まれ変わるなら美女がいいとか言って本当にすみませんでした〜

ほしわた

第0話 スベスベが過ぎる世界


朝でも夜でもない光の中で、わたくしは目を覚ましましたの。


冷たい空気が頬を撫で、指先が――なめらかに滑りました。


(……え? なんですの、これ。)


肘も、膝も、尻も。


どこを触っても、赤ちゃんみたいにスベスベ。


「……ちょっと待って、これ、俺じゃなくて私ですの!?」


声が、軽い。


ふわっと耳の奥に響く高音。


知らない声なのに、心の奥で「あ、これ悪くない」と思ってしまった自分がいた。


鏡を探して、ふらふらと立ち上がる。


床はひんやりして、足裏に感覚が戻るたびに現実味が増す。


光沢のある髪が肩に落ちた。


すべての動きが、やけに絵になる。


「脚、細っ……。あれ? 腕までスッキリ。これが……美女のイージーモード、ですのね?」


自分で言って、笑ってしまった。


笑うと頬の筋肉が柔らかくて、知らない表情が浮かぶ。


(いや、ちょっと待てよ……。これ、まさかあれか? 転生とか、そういうやつ?)


胸の奥がざわつく。


でも、目に映るすべてが綺麗すぎて、焦りよりも感嘆が勝った。


洗面台の鏡に映るわたくし――まるで誰かの広告写真みたい。


髪の一本まで整っている。


肌は発光していて、鼻の毛穴なんて存在しない。


「……すごい。ここまでくると、人間やめてますのね。」


指先で頬をつつくと、つるん、と跳ね返る。


これが理想の肌か。


三十八年間、営業職で徹夜と外回りを繰り返したあの頃とは雲泥の差。


思わず、笑いが漏れた。


「はぁ……湯加減完璧。あとは缶ビールさえあれば、ですわね。」


言った瞬間、はっとする。


声が上品すぎる。


けれど、心の奥のツッコミはまるで昔の自分。


(やばい、完全にキャラが迷子ですの。)


鏡越しに、知らない美少女が困った顔をしている。


……いや、これ、わたくしなんですよね?


胸に手を当ててみる。


柔らかく、温かい。


思考が少し止まった。


(落ち着け俺……じゃなくて、わたくし。)


深呼吸すると、甘い香りが鼻に届く。


どこか石鹸みたいで、懐かしい匂い。


それだけで、心がふっと軽くなった。


「……ふふ、いい香り。これが“美”の世界ですのね。」


しかし、その時だった。


指先が少し乾いているのに気づく。


手の甲に、白い粉のようなかさつき。


「えっ、早くないですの!? もう乾燥ですの!?」


慌てて頬を触る。


さっきまで完璧だった肌が、わずかに突っ張っている気がした。


(いやいやいや、保湿ってこんなに即時対応なんですの!?)


鏡の前で、パニックになりながら頬を押さえる。


その姿がまた可愛いのが、なんだか腹立たしい。


「美人って、立ってるだけで絵になると思ってましたのに……これ、努力の塊ですわ。」


肩をすくめる。


胸の奥で、笑いと後悔が混ざり合う。


「昔の俺、“女って楽でいいよな”とか言ってたな……。ほんと、すみませんですわ。」


そう呟くと、部屋の空気が少しだけ柔らかくなった気がした。


外では、風が吹いていた。


薄いカーテンが泡のように揺れて、光を弾く。


(きっと、この世界はまだ、何も知らないんですのね。)


鏡の中の自分が、ふっと笑った。


「……維持、ムリかもしれませんわ。」


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