第四話 今日は楽しい遠足だ!ロボット博物館へGO
いつもの市立
さいわい空は晴れ渡り、朝から高く澄んでいる。それはもしかしたら、いま上機嫌のにこにこ顔で登校してくる緑ジャージのこの少年、
子どもじみたまねと笑うかもしれないが、武にとって遠足はそれほど価値あるものなのだ。みんなで歩いて目的地へ向かい、青空の下でお弁当を広げる。これを退屈な通常の授業を中止にして行うのだ。最高ではないか。武は学期が始まったその時からこの日を待ちわび、一週間前には持っていくおやつの吟味に頭を悩ませた。そして今日、許された予算内での最強のラインナップをリュックの一番上に収めている。
足取り軽く歩いていた武の前に今日も獲物の姿が目に入る。身についた習慣に従って、息を潜め、その背後に忍び寄るが、直前になってハッと気がついた。今日はめくるべきスカートがない。そいつは自分と同じ緑色のジャージのズボンを履いている。さすがの武も代わりにそれをずり下げる、といった暴挙は思いも寄らない。どうしようもなくなってそのまま逡巡していると、気配に気がついたのか獲物がくるりと振り返った。
「おはよう、武。今日はスカートめくりができなくて残念ね」獲物・
「別に、どうってことねえよ」武はきまりが悪そうに横を向く。
「私これからは毎朝ジャージで登校しようかしら」美月がとんでもないアイデアを披露する。そんなことされてはこの世界の終わりだ。すべてが台無しになってしまう。
「へん、そうすりゃいいじゃねえか。別に困んねえよ」武は強がりを言う。バカ野郎、やめるよう説得しろ。
武の様子をじっくり観察した美月は、プッと吹き出してから、うふふと笑う。
「嘘よ、そんなことしたら生活指導の先生に怒られちゃう」そう言ってまた前に向き直る美月。「きっと誰かさんが弱っちゃうだろうしね」
美月は見ていないが、それを聞いて武の表情がパッと明るさを取り戻した。またさっきの上機嫌で走り出す。美月を抜き去り際にパンッとお尻をひっぱたいた。
「もう〜」と美月の抗議の声が、後方から聞こえてくるが気にしない。武はその勢いのまま、校門で待ち受けていた生活指導教師にひときわ元気にあいさつして、下駄箱まで一直線に駆けていった。
教室でその日の予定を簡単に確認し、全員で校庭に出て列を作る。武たち二年生は歩いて郊外の山のふもとに設置された大きな自然公園へと向かう。そこにはなぜか市立のロボット博物館も併設されていて、その見学も予定に組み込まれていた。
武は道中ずっとはしゃいで動き回っていた。列の先頭を行くクラスメイトと話しにいったかと思うと、後戻りして最後尾の友だちに話しかける。監督する担任に、道路で動き回ると危ないからと注意されてもお構いなしだった。彼だけ倍以上の距離を歩いたのではないだろうか。同級生たちは長い距離を歩いてヘトヘトだったが、武はケロリとしていた。
現地に着くとクラスごとに順番に博物館を見学する。武のクラスは昼食後すぐの予定だった。武は時間まで広々とした公園をあちこち探索して回り、男子で集まって虫を探したりした。大きなカマキリを捕まえたので、それを美月の肩に乗せにいった。肩の異常に気づいた美月のきゃっという悲鳴を聞いて、武は満足して笑い転げた。
母親が作ってくれた大量のお弁当を平らげ、厳選したおやつを仲間とやいやい言いながらトレードしたりしていると、いよいよ武たちのクラスが見学する番になった。初めて入館するロボット博物館に武はワクワクしていた。自分がいままさにスーパーロボットに乗って宇宙人と闘っているのだから、興味がわくのも当然である。しかしそこに展示されていたロボットは武の好奇心を充足させるものではなかった。
ものすごく地味な色、形の作業用ロボットが年代順に並ぶ。作業の用途によって、手足の形状が異なり、これはこれでマニアには非常に興味深い展示なのだが、武にそこらへんの機微は分からなかった。
「なんだよ、アントンゲノムはないのかよ」武がボヤく。
いつの間にか武の横に立っていた美月がそれにこう返した。
「バカねえ。アントンゲノムはレスナーBだけに決まってるじゃない」美月は胸を張って続ける。「あれはお父様が独自に発見・開発した、ほんとうに珍しいエネルギーなんだから」
「じゃあこいつらはどうやって動いてんだよ?」武は素直に尋ねた。
「この世界のほとんどすべてのロボットはTサヤマ機関で動いているのよ。ここにある作業用ロボットなんかは当然として、私のロンダーRだってお父様が改造したTサヤマ機関が搭載されてるんだから」
「え?ロンダーRってアントンゲノムじゃないの?」武は心底驚いていた。彼は機械について細かいことはノータッチなのだ。とはいえエネルギー関連の話は博士の講義に含まれていたのだが、その理解を武に求めるのは酷というものである。
「アントンゲノムは制御するのがすごく難しいの」美月は言い訳するように言う。「その点Tサヤマ機関は安定しているから、いつでも同じパフォーマンスが出せるってわけよ」
「ふ~ん、そういうものなのか」武は一応納得した。本当に分かっているかは疑わしいが。
全員が一通り展示を巡って、そろそろ行こうかと出口へ向かっていた時だった。背後から金属音が聞こえてきた。長い間動かされていなかった関節が軋むギギギという耳障りな響き。展示されていたロボットたちが突然動き出したのだ。
「そんな、動くわけないのに!?」博物館の職員が悲鳴のような声をあげた。
「おい、なんかマズそうだぜ」武は美月に呼びかける。
美月はそれに頷いて、周囲に呼びかけた。
「みんな、急いでここを出ましょう!」
幸いすぐ出口だったので、混乱もなく全員が外へ避難した。しかしそこには、巨大な宇宙人ロボット?の姿があった。
それが果たして本当にロボットであるのか、美月にも自信がなかった。ロボットというよりは生物的な滑らかなフォルム。色は全体的にテカテカとした白銀。縦に細長く、手足もひょろひょろと長い。頭部にはおそらくあれが目、鼻、口だろうと推定できる部位があるが、印象としてはのっぺりしている。どちらかというとロボットよりも宇宙怪獣の方が近いかもしれないが、美月はあれが巨大化した宇宙人そのものに思えた。
そいつは逃げ出した中学生には目もくれず、博物館へ向けて光線のようなものを照射していた。その淡く輝く光が、この異変を引き起こしているのだろう、と美月は考えた。
博物館からの音はだんだん大きくなり、ついに壁の一角が内側から破壊された。ぞくぞく飛び出してくる作業用ロボットたち。意思を持たぬ金属の群れが、ただ近くのものへ無差別に腕を振り上げた。お互い同士で組み合って、前後に押し合うものも。混乱はさらに広がりつつあった。
武と美月は生徒の群れから離れ、腕時計型通信機で連絡をする。急を伝えるとすぐに博士が小さな画面に現れた。
「博士、宇宙人です。ロボット博物館が襲撃されています」美月が手短に報告する。「謎の光線で展示されていたロボットを操っているみたいです」
「うむ、ついさっきこちらでも上空からの映像で確認した」博士は落ち着いた声で言う。「あれはなんとかせんといかんのう」
「なんだよ博士、のんびりしたこと言ってんなあ」と武が抗議する。「でもなんとかするって言っても、俺たちここにいるのにどうすんだ?」
「その近くには射出ポイントもないしの」博士は言いながら、自信ありげにニヤリと笑う。「しかしじゃ、こんなこともあろうかと、わしは画期的な輸送手段を開発しておいたんじゃ。それでレスナーBを送るぞ!」
「なんだよ、やるじゃん、博士。そうと決まればさっさとレスナーB持ってきてくれよ」武の気分が急激にノッてきた。レスナーBで闘えるとなれば、この最高の一日の締めくくりとして申し分なしだった。
「あの⋯⋯お父様、ロンダーRはどうなりますの?」美月が尋ねる。
「ロンダーRはのう、今のままだとちょっと強度的に耐えられそうにないんじゃ。今回はレスナーBだけじゃな」博士はなだめるように言ったが、美月は残念そうに肩を落とした。
ハンガーの警告灯が回転しながら赤い光を放ち、ブザー音がけたたましく鳴り響く。作業員たちの退去を促す機械音声が流れる。レスナーBの周りに渡されていたメンテナンスデッキが旋回し、前方の通路をあける。機体の台座はそのままレールを移動して、所定の位置につく。レスナーBの両側に現れた二つの黒い半球状の物体。それらが機体を挟み込むと、上から薄茶色の輪っかのようなものが降りてきて、球になったそれをバチンと音をたてて固定した。
研究所から一番近い丘の上、展望台と簡易な公園が設置されたその場所にサイレンの音が鳴り響く。次いで速やかにその場から退去するようにとの機械音声。幸い人はおらず、それをその場で耳にしたものはいなかった。展望台が横にスライドしていき、下からせり上がってきたのは巨大な大砲であった。激しく警告のランプが明滅する中、カウントダウンが開始される。
「⋯⋯5、4、3、2、1、発射」
と同時に耳を聾する爆発音と、ズシンと響く衝撃を残し、巨大な球体が宙を切り裂いていった。
高速で飛行するその球体は、現地ポイント手前で逆噴射を開始した。それでも勢いを殺しきれないまま、着弾。轟音とともに衝撃が大地を揺らし、穴をうがつ。粉塵立ちこめるその中心で、球体が真っ二つに割れ、そこから巨大な人影、鋼鉄巨人レスナーBが姿を現した。
着弾予定ポイント近くで待機していた武は、その豪快な愛機の登場に興奮していた。
「すっげぇ、かっこいい!俺を乗せたままあれやってくれないかなあ」
「バカね、さすがに死ぬわよ。あの中にいたら」美月はあきれ顔で言いながら、武の背中をバンと叩く。「さあ武、あとは頼んだわよ」
武はカッコつけて親指を立て、ニヤッと笑って駆け出した。その後ろ姿を見送ってから、美月も踵を返してロボット博物館の方へ駆けていった。
敵宇宙人タイプは先ほどの轟音など意に介さず、変わらず作業用ロボットに向けて謎の光線を照射していた。暴れまわるロボット軍団。郊外の自然公園だったのが幸いし、博物館以外への被害は出ていないが、もしここが繁華街など人の多い場所だったら、被害は大きなものとなるだろう。わざわざこんな人けのないロボット博物館を狙ったのはもしかしたらなにかの実験かもしれない、と美月は考えた。
そうこうしているうちにレスナーBが地響きをたてながらやってきた。
「どけどけどけえぃ」と武は声を上げる。レスナーBは暴れまわる作業用ロボットたちをぶん殴り、蹴散らしながら、真っ直ぐ敵へ向かっていく。そんなレスナーBに、ついに宇宙人タイプが反応した。光線の照射を中止して、レスナーBと対峙する。
初めて闘う、新種が相手、ここは慎重に行くべきだろう。さっきまで照射していた光線も、レスナーBに何かしらの効果を及ぼすかもしれない。美月は見守りながら不安を抱いていた。もし、レスナーBまで操られるようなことがあったら、それに対抗できる戦力はここにはない。最悪の事態も想定せねばなるまい。
しかしながらそういった美月の不安などどこ吹く風、武にはまったく関係なかった。レスナーBは一瞬身を低くして構えると、真っ直ぐ宇宙人タイプへ突っ込んでいった
「あっ」美月の声が漏れる。敵もそうだろうが、美月もまた意表を突かれていた。
宇宙人タイプの腰回りに肩をぶつけるようにして組みついたレスナーB。そのまま胸を相手の身体に密着させる。頭を相手の脇の下に置き、押し込む。相手の太ももの裏側、付け根あたりを両腕でガッシリと抱え込み、クラッチ。同時に機体の重心を下げて、相手の重心を崩しにかかる。
敵宇宙人タイプはもう自由に動けない。博物館を背に、倒れないようなんとか抵抗し、肘や鉄槌を落とすが、不安定な状態では威力もたかが知れている。レスナーBは相手の攻撃のタイミングを計って、つかんだ両足を前方へと引き倒した。
「ナイス、テイク!」美月が歓声をあげる。
レスナーBはすかさず馬乗りになると、一発小さな動きで鉄槌を打ち下ろす。なんとか攻撃をかわそうとする宇宙人タイプだったが、避けきれない。さらに一発、二発目と正確に鉄槌を叩き込んでいく。ゴツンゴツンと鈍い音があたりに響き渡る。闘いの趨勢は決まっていた。動きの鈍くなった相手との間に大きな空間を作ると、左腕で抑えながら強烈な右の拳を打ちつけた。
ピクリとも動かない宇宙人タイプの上から身を起こし、そびえ立つ鋼鉄の巨人。あたりには崩れ落ちたロボット博物館と、ボロボロの作業用ロボットの残骸。夕日がその光景を赤く照らす。美月はうっとりとそれを眺めていた。
市立妥当曲中学校の生徒たちも遠くで歓声をあげ、手を降っている。その中にいっしょになって手を振っているなんか変な子どもとおじさんと犬。
「あれれ、異変が起こったのってまだお昼終わってすぐじゃなかったですかねぇ?」変なおじさんの声。
「うっせえなあ、そんな細かいことどうでもいいだろ」と変な子ども。
「ワンワンワンワン(夕日はカッコいいワン)」と変な犬が吠えている。
やったぞ!レスナーB、彼らと、子どもたちの笑顔は守られた。博物館の皆さんはご苦労さまです。
闘え!鋼鉄巨人レスナーB。みんなの輝く未来を、明日の平和を守るのだ。
第四話 完
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