『紋を持たぬ神、紋を持つ人 ―勇者の紋は誰の光か―』

如月 涼

序章 異端の光

第1話 憧れの丘

神は、すべての命に紋を与えた。

紋は徳を映し、徳は道を定める――この世界では、そう信じられていた。


教国サンクトリアの辺境にある小さな村、ミルナ。

その外れの丘には、崩れかけた石造りの遺跡があった。


人々はそれを「古の祈りの場」と呼ぶが、真実を知る者はいない。

かつてそこは、教会が獣人を使った紋の実験施設として使っていた場所だった。


“徳を高めるための聖紋”を改良し、奴隷を制御する呪縛紋を生み出そうとしていたのだ。

その暴挙を止めようとした勇者が、聖騎士団を討ち滅ぼした。


教会は事件を封印し、記録を焼き、地図からもその名を消した。

今では誰も、この丘がかつての罪の跡であることを知らない。


その遺跡で、ひとりの少年が木剣を振っていた。

名はセイ。まだ十にも満たないが、勇者に憧れていた。


「ふぅ……今日もいい汗かけた!」


息を切らしながら笑うセイ。

苔むした石壁のそばで木剣を振る姿に、朝の光が差し込む。


崩れた柱の陰で、誰も知らぬ刻印が一瞬だけかすかに光った。


「セイー! おやつ持ってきたよー!」


丘を登ってくるのは、村長の娘フィオナ。

籠を抱え、息を弾ませながら笑っている。


「ありがとう、フィオナ!」

「ねえセイ、いよいよ来年は成人の儀だね。やっぱり勇者になりたい?」

「うん! みんなを守れる人になりたいんだ!」


セイの目はまっすぐで、疑うことを知らない。

フィオナは少しだけ目を伏せて笑った。


「……そっか。なれるといいね。」


けれど、その声には小さな震えがあった。

この国では、勇者の紋を持つ者は“異端”とされている――

そのことを、セイだけが知らなかった。


丘の上を風が吹き抜ける。

誰もいないはずの遺跡の奥で、微かな光が脈打った。

それは、忘れられた記憶の鼓動。

人が“徳”を装い、同胞を鎖に繋ごうとしたあの日の残滓だった。

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