第4話 ”アイドル”のための衣装
「えーっと…山中さん?」
「はい…山中銀次朗です…」
あんなに意気込んで出発したものの、眼の前の担当者は明らかに外れが来たよという顔をしている。
「山中さんね。はっきり言わせてもらうと、これでどんな仕事ができるんだって感じですよ?三十路、資格免許なし、更には特記事項もなしって…」
「…ですよね」
さっきまでもここで諦め通知みたいな感じで追い出されて結局昼下がりまで来ていた。
(その通りだ。今俺が持ってるものなんて何もねぇ…せめて特技でもありゃ…)
「せめて特技があればね…」
「あっあります。特技なら」
「おっ、なんですか?」
まだ救われたというふうに担当者が顔を上げると、銀次朗は自分のスマホを出して写真フォルダを開く。
「俺、コスプレが好きなんですよね。まあ自分では着ないんですけど」
「はぁ…」
(コスプレは自分みたいなおっさんがやるよりも若い子がやるほうがずっと映える。それこそりなみたいな…)
銀次朗はりなのコスプレ姿をイメージして慌ててかき消す。
ただ、彼は直感的にそれがりなへの執着につながっていることに気づいた。
それはさておきとコスプレ衣装を担当者に見せてみる。
「これ…ぜんぶご自身で?」
「はい。いやぁ、結構自信作なんですよ?これなんてフリルの…」
担当者はじっくりと見たあと、今度はうーんと唸りながらリストを確認し始める。
「こちらも簡単に紹介してしまうと信用問題に関わるのですが…素人目にはすごいと思ったので一応話しつけてみますか」
そういうとテキパキと仕事をして仲介してくれる担当者。これでなんとか仕事が見つかるなと安堵していると、スピーカー設定にしてなくても聞こえてくる怒号が轟く。
『うちは”おしゃ=れいこ”よ!あの一流衣装の!どこの馬の骨ともわからないやつを引っ張れなんて…』
(おいおい…いきなり雲行き最悪じゃねぇか…)
しかし有能な担当者は冷静に語りかけて写真を見せるところまでこぎつけてくれたらしい。
疲弊しきった顔で銀次朗の方へ向かうとテレビ電話をするから別室へ移動してくれと言ってくれた。
「えっと…紹介していただいた山中です…この度は貴重なおじか…」
『そういうの良いから早くしてくれない?うちはアイドルちゃんたちの衣装制作に忙しいの』
あまりの圧迫面接に焦りながら急いで画面に向かって写真を見せる。
「っこれが今まで作った衣装で…あっこの他にも…」
『ふーん…いいわ』
「えっ」
『今回の話はなかったってことで』
一瞬採用を期待した銀次朗だが、一気に地下に叩きつけられた気分になる。
(確かに技量足りてないかもしれないけど…それでもなぁ…)
「待ってください!」
『…何?』
「俺の衣装、何が駄目だったんですか?正直、そこら辺の服よりもうまくできている自身があります」
『…そうね。見た感じフリルとかのはね具合もきれいに出来てるわ。でもね、あんたの衣装には”相手”が見えてないの』
「相手…」
銀次朗はその言葉に固まる。
彼は今まで、”着る人”を考えて服を作ったことがなかった。いつも見ているのは服の制度だった。
『私達が作ってるのは”アイドルちゃん”たちへの服なの。アイドルちゃんたちは一人ひとりが個性のある踊り、歌、トークを見せるわ。だからその一人ひとりが最大限輝ける衣装が必要なの。でもあんたのはただ作っただけ。キャラクターの個性、もっと言えばそのコスプレを着る人がどんなポージングをしたいかとかを全く考えられていないわ』
銀次朗は唇を噛む。
画面の先にいるおばさんの言葉すべてが正論で、銀次朗は何一つとして言い返すことができなかった。
しかし同時に、彼の頭に諦めるという文字も思い浮かばなかった。
「…ちょっと待っててもらえますか?」
『は?』
「今からそっちに行くんで」
銀次朗はそれだけ言うとハローワークから飛び出す。
(残金が1300円…行けるな)
彼の中でコスプレ衣装は、人生を体現下者と言っても過言ではない。
それを正しい言葉で罵倒されて諦めるほど彼は軟弱者ではないのだ。
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