パターン2:泡沫の赤春

この飴、お兄ちゃんが美味しいって。ほら梓沙も!


全く結衣ちゃんは相変わらずのブラコンだなぁ。ありがとう、今お腹一杯だから、後で舐めるよ。

 

ここに来てからというもの、あの日々の事をよく思い出す。反人果同盟との戦いが激化してから、等身大の友人としての世間話なんて数えるほどしかなかった。そのまま、戦いは予想もしてなかった方にシフトして。いつの間にか、考えないようにしてたな。

 

「それで、『我らが母は寛大である』と?」

目の前にいるいけ好かない女は、退屈そうな、呆れたような顔でそう言った。人果戦争が終結した。もうそれは約一年前の話。結果全員生存することとなった私達人果の女神は、リーダー格である始祖の女神を代表として万華教と会議を行った。万華教内での私達の安全を保障と引き換えに、常に要監視処分とする。そして、私達も万華教所属の女神として、その力を使う。結果としてはまあそんな感じで決着がついた。つまり私たちは今万華教のお世話になっている所なのだが、そこで突っかかってくるのがこの女だ。日本支部の首脳組織「華督院」の一人、桐華妃咲。彼女は私の監視に当たっており、この一年で既に数えきれないぐらい顔を合わせている。だが彼女とは、どうにも反りが合わなかった。

「始祖が寛大だとか、そんな話をしてるんじゃないの。私別にここまで言われるような問題行動なんてしてないでしょって、そう言いたいだけ。あと別に始祖は母親じゃない」

妃咲がこの場所である程度の地位に立っているが故に、問題解決に躍起になるのは分かる。だがこちらにも曲げられないものがある。「悪意の女神」として私が生を受けた以上、私にも変えられない起源というものがあるのだ。

「よくそんなことが言えるなぁ梓沙。ウチの幻師に散々ちょっかいかけておいて。私の気分次第でいつでも貴女を処分できること、忘れてないよね?」

「私をその名前で呼ぶな。それに、ちょっかいなんてせいぜい高校生の悪戯ぐらいに留めてるでしょ?ここの奴らを殺してないだけ、むしろ感謝してほしいぐらいなんだけど」

梓沙って名前は可愛いと思うんだけどなー、なんて小言を言いながら妃咲が伸びをする。実のところ、この会話はほとんど無意味だった。

「そもそも、アンタの兄貴と始祖がああやって決めた以上、私達はお互いを気軽には殺せない。処分云々だって、脅しになんてなりゃしない」

「いやぁそれは私なりの気遣いだよ。ほら君、殺すことでしか人と関われないでしょ?だからここでの日々はさぞ退屈だろうと思って、せめて言葉だけでも物騒なのを選んであげたのさ。ほら、ほんの少しくらいは、刺激になってると嬉しいんだけど」

”殺すことでしか人と関われない”それは私が生まれたその時から分かり切っていたことだ。常に私の中を渦巻く淀みのない悪意は、意味なんてない純粋無垢な殺意として発露される。元よりその衝動以外に人果の女神としての使命ぐらいしか外との関わり方を持っていなかった私は、人果戦争が終わった今、本当にただの殺人鬼に成り下がるしかなかった。その殺人すら封じられた今、悪意の女神には一体、何が残っていると言うのだろうか。そんなこと私が聞きたいし、妃咲もそれを理解した上で、皮肉交じりでそう言っているのだろう。私に反発しながら、妃咲はよく悪意の女神をわかっている。そして、妃咲は私のことを何もわかっていない。


 「なんでそんな回りくどいことするわけ?私たちが先遣隊だからって、時間は有限なんだよ?」

最果てには、何度もそう言われた。それは私と最果てが現界してすぐのこと、結衣ちゃんに辺りをつけ、こちら側に引き込もうとした時。実のところ、よくある宗教の皮を被るだとか、リブーターの人員を増やす手段なんて何でもよかった。それでも、私はどうしようもなく結衣ちゃんにこだわった。ありきたりで人間っぽい表現で言うなら、一目惚れって言うやつだ。私がただ、無慈悲に戦争を行うロボットだったら、こんなことで悩むことも無かった。でも私には、人と同じ思考能力と、人以上に世界を見渡す頭を与えられた。どっかのアニメには一族を賭けて守りたいものに生存本能を与えることで守りやすくした、なんて話があったけど、それと同じ。私に「私」を与えたのは間違いなく失敗だ。最終的に私は、梓沙という人間に成りすまし、結衣ちゃんとあらかじめ友好を深めるという「回りくどい」手段を取った。「時間が有限である」ことも、勿論理解していた。その後の展開次第では戦犯扱いも免れないような、そんな我儘だ。


だって「私」は憧れてしまったんだから。好きな人に貰った飴に、見惚れるだけで幸せを感じるような淡い春に。


殺すことしか知らない悪意の女神には決して叶えられないような、甘い幻想に。


「あの、えっと、失礼します、妃咲さん。梓沙…じゃなくて、悪意の女神を迎えに来たんですけど」

静かにドアを開け、結衣ちゃんがひょっこり顔を出す。結衣ちゃんとその兄である頼も私達と同じリブーターだったものの、かつて反人果同盟に両親を奪われたという背景から同情の余地があるとされ、人果の女神よりも自由に過ごすことができていた。それでも、華督院である妃咲のことは怖いようだった。最も、結衣ちゃんの場合は元の人見知りが影響している部分もあるだろうが。

「んー?梓沙この後予定あるの?」

妃咲が首をかしげながら聞いてくる。無駄に顔がいい妃咲はどうすれば自分があざとく見えるかを理解しているようで、見ていると無性に腹が立ってくる。コイツ人妻のはずなんだけどね。

「だから梓沙って呼ぶな。一緒にご飯行くってだけだよ」

「え、私も行っていい?」

「来んな!さ、早く行こ、結衣ちゃん。にしても迎えに来てくれて助かったよ。流石マイベストフレンド」

一秒でも早く妃咲と離れたかったこともあり、私は少し無理やり結衣ちゃんの背中を押し、足早に部屋を出る。

「ちょっ梓沙。まだ妃咲さんに挨拶が…。それにマイベストフレンドって何」

「何も?嘘は言ってないじゃん」


悪意の女神としての正しい在り方なんて今の私にはわからないし、知ったところでそれに従う気になんてなれない。ただ、今は。かつて憧れた泡沫のような春の夢を、大好きな人の隣で、見続けようと思う。

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