16. 新緑満ちて


 公爵位を拒んでも、私の結婚相手が王族となれば、民に最高の夢物語を提供出来ることだろう。


 けれどもこれにも未来への懸念は伴う。


 王家にとって民らへの人気取りにはなろうが、問題は貴族だ。

 お家乗っ取りのような分かりやすい公爵家への罰が見えなければ、反感は収まるところがない。


 ただでさえ、私の両親の結婚をどうして許したと、口には出さずに王家の対応を不満に思う貴族は多くいた。

 今度は王子まで許された。

 続く血統主義を否定する選択に、王家は自分たち貴族を蔑ろにしているのではないか、やがて貴族たちは疑いを持つ。

 これでは長く国の運営がやりにくくなっていく。


 そしてまた危険なことには、自分たちも許されるのでは?と浅はかに考えて、平民を伴侶に選ぶ貴族が発生するかもしれないこと。

 ほぼすべてが秘密裏に対処されることになるとはいえ、王家は大変な苦労を強いられることになる。


 さらに私を切り捨てるときを考えれば。

 いくら王家でも王子のことでは心も痛むだろう。



 総じて考えれば、私の結婚相手がアラン殿下ではないことが私には最適解に思えた。


 生まれた理由を忘れ、もう自由に生きて欲しい。



「マリアンヌ嬢はそう言うと思っていたよ。それもあって先に謝っていた」



 話の繋がりが分からず、私は黙ってアラン殿下のお言葉を待っていた。


 アラン殿下は私を見詰め柔らかく微笑むと、指で頬を掻く。



「あれだけ不貞腐れていたくせに、今さら恥ずかしいのだけれど。マリアンヌ嬢を気に入ってしまった。それも自ら処置を受けてもいいと思うくらいにだ」



 私はおおいに戸惑って、令嬢らしくない言葉を口にしていた。



「アラン殿下が御身を傷付け、殿方としての喜びを手離すことはございません。処置ならば、わたくしが受けます」



 元より覚悟していたし、王家はそうしないと私を生かす許可を出さないとも考えていた。


 アラン殿下が笑う。



「私の話を聞いていた?私がそうしたくなったと言ったのだよ?」


「いいえ、処置はわたくしが受けましょう」


「それなら二人で受ければいいね」


「いえ、ですから。二人で受ける必要はなく。そもそもアラン殿下が無理にわたくしのお相手を──」



 アラン殿下の手のひらがこちらに向いた。黙れということ。



「私は未来に処置をしなかったことを後悔する。だから今、選択する。分かった?」



 はい、と言えるわけがない。



「君の両親の結婚、これを起点としたすべての問題を解消するため、私はこれが最適解だと思っている。そしてこれは私にとっても人生の最適解だ。だからね、マリアンヌ嬢。こんな情けない最低な男と一生を共にするなんて嫌だろうけれど、どうか私と結婚してほしい」



 エヴァリーナ様とカトリーヌ様は、それは長く、とてもとても長く、もう信じられないくらいにいつまでも。

 このときのアラン殿下の言葉に憤っている。



「もっと言い様というものがありましてよ!」


「場所も考えて欲しかったわね」


「そうなのよ。あれはないわ。本当になかったわ」


「がっかりしましたわね。見損ないましてよ」



 二人はまた、私の返事にも長く憤っていた。



「マリアンヌ様もお返事のお作法というものがございましてよ!」


「マリアンヌ様もこれでは。場所の問題ではないかもしれないわね」


「お二人がいつまでも心配ですわ」


「えぇ本当に。いつまでも心配していましてよ」



 あの日私はこう続けたのだ。



「それが最適解でございましたら。こちらこそ申し訳ありませんが、お相手をお願いいたします。けれど処置については、考え直していただけないでしょうか?」



 私は続けた。

 アラン殿下に私という人間の浅ましさを知らせるべきだと思ったから。



「殿下のためにとお願いしているのではございません。これはわたくし個人のため、大変私的な理由によるものです。生まれたことからはじまり、生きれば生きるだけ罪を重ねるわたくしは、これ以上重い罪を背負いたくありません」



 あの日私がエヴァリーナ様を泣かし続けたことは、今では笑い話だ。




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