【完結】愛の弊害と後始末

春風由実

0.夢見る幸福


「将来はお姫さまになるんだもん」


「平民はお姫さまにはなれないのよ?」


「なれるよ!だって王子さまが迎えに来ると、お姫さまになれると言っていた!」


「そんなの大人たちの嘘よ!」


「そうだよ、大人は嘘ばっかり言うんだから」


「私たちを子どもだと思っているのよね」


「嘘じゃないよ!本当だもん!」


「じゃあ誰が言っていたのか言ってみて!」


「お母さんが言っていた!」


「それだけ?」


「お父さんも言っていた!」


「親だけじゃない」


「他にも沢山だもん。みんなだよ!みんな言っているの!」


「みんながお姫さまになれるわけがないじゃん」


「私はなれるの!とても可愛いから、将来は王子さまが迎えに来て、お姫さまになるねって、パン屋のおじさんも言っていた!」


「煽てられただけじゃん」


「そんな夢みたいなこと、私たちには起きないんだよ」


「そうだよ。だから早くそこの土を掘ってよ。苗がこんなにあるんだから!」


「夢じゃないもん!お姫さまになるの!だから私は野菜なんか育てない!」


「働きたくないだけじゃない!いいから手を動かして」


「嫌よ!お姫さまは土に触らないって聞いたもん」


「また誰に聞いたのよ!」



「まぁまぁ、お嬢さんがた。素敵なお話をしているのね。夢を見るのはとてもいいことだわ」



 不意に知らない声がして、辺りにいた子どもたちは一斉に顔を上げていた。



「おばあさんも、夢だと笑うの?」


「笑いませんよ。だけど夢は見ているから幸せなこともあると知っているかしら?」


「夢は見ているから?」


「おばあさん、どういうこと?」


「お姫さまは本当に幸せかしらね?」


「お姫さまだよ?当たり前じゃん」


「お姫さまになってしまったら、お父さんとも、お母さんとも、もう会えないかもしれないわ。それでも幸せ?」


「えぇ、どうして?」


「あなたたちは、王子さまやお姫さまを見たことがある?」


「ない」


「私もない」


「お姫さまはね、お城の外に出ないから。お友だちとも、もう会えないかもしれないわよ?それは幸せ?」


「そうなの?」


「それは嫌かな」


「でもお城の中にずっといるのは楽しそうかも」


「もう働かなくていいんだものね!」


「私も!お姫さまになるなら、別に誰にも会えなくてもいいもん」


「そのお野菜も、もう食べられないかもしれないけれどいい?」


「どうして野菜が食べられなくなっちゃうの?」


「お姫さまはお城にいるからよ。自分で作ったお野菜なんて食べられないの」


「そうなんだ」


「おばあさん、物知りだね」


「じゃあ、お城には何があるのかなぁ?」


「お城なんてところはね、何も持たない平民が行くところではないわ。それはそれは恐ろしい魔物たちが住んでいるのですからね」


「えぇ!」


「お姫さまのお城なのに?」


「魔物って?私たちを食べる?」


「まぁ、こんなに可愛い顔をしていたら、みんなすぐに食べられてしまうわ」


「きゃー」



 きゃあきゃあと騒いでいたら、やがて老婆は姿を消していた。



「あのおばあさん、誰だったんだろう?誰か知っている?」


「私は知らない」


「私も」


「もしかして、お城にいる魔物って。あのおばあさん──」


「きゃー」



 大騒ぎしていたら大人たちがやって来て。

 たっぷりと叱られた子どもたちは、それからは大人しく、畑に新しい苗を植えていった。


 成長の早いこの苗は、一月もすれば食べ頃に育つことだろう。





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