ねぇ、それ、誰の話?

春風由実

0.プロローグ


 美の女神の愛し子。

 それは貴族社会に広まる子爵家の三男、アシェル・イーガンの二つ名である。


 アシェルはとにかく顔が良かった。

 幼少期からそれは美しく、多くの大人たちを魅了した。


 しかもこの美しさは成長と共に損なわれることもなく、むしろ成長と共に得られた精悍さと見事に調和して磨かれていくことになる。


 こうして出来上がった麗しい青年は、しかし王都の社交界から長い間姿を消した。



 幼少期から父親に連れ回されて王都の社交界によく顔を出していたアシェルは、当時は王族さえ噂を耳に入れるほどの有名人で、またその美貌は簡単に人々の記憶から忘れ去られるものではなかったので。


 社交界では長い時間を掛けて、アシェルを主人公とした壮大な物語が形成された。



 それは本人の知るところではなく──。



 アシェルの家族の振舞いがこれを助長させてきたことも、



 世間知らずな若者たちがこれに踊らされていたこともまた、本人が知る由もない話で──。




「ねぇ、それ、誰の話?」



 世間知らずな者たちは、この瞬間、麗しいからこそ感情が際立つことを学んだだろう。

 美しいアシェルがいつも浮かべていた微笑を消し去り低い声で尋ねたとき、皆が一様に呼吸を忘れた。


 アシェル本人と、もう一人を除いて。









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