第20話 訪問者

 数日後、意外な人物が研究所を訪ねてきた。

「社長、お久しぶりです。お元気でしたか。」

 驚いた。草間理化で僕の秘書だった、黒木はるひだった。

「どうしてここが分かったんだ。」

「会長が、社長のところに、あ、周作社長のことです。その時に、優作社長が、ここに勤められたと話してしまって・・・。」

「ということは、君は今?」

「周作社長の秘書をそのまま務めています。」

「そうか。まあそうだろうな。」

 僕の信頼できる、秘書だったから、あいつにも役立つだろう。

「それで?」

「こちらで、働いていると聞いて、もう居ても立ってもいられなくて、来てしまいました。」

 裏切られて、会社を追われた僕は、感激してしまって。

「ありがとう。よく来てくれたね。うれしいよ。」

「優作社長、今は、どんなお仕事とを?」

「ぼくは、もう社長じゃない。優作でいいよ。」

「分かりました。優作さん。」

「今はね~。」

 そこまで言いかけた時、榊さんが、僕の腕をつかんだ。

「ちょっといいかしら。」

 僕を、部屋の隅に、促した。

「ねえ。彼女は本当に信頼できるの、今は、あなたを裏切った社長の秘書なんでしょ。他社の社員が簡単に、当社うちへ簡単に来れるかしら。もしかしたら、相手の・・と考えた方がよくない?」

 そうだった、とんだ間抜けになるところだった。僕はもう騙されない。


「一つ聞きたいんだけど、本当に君の一存でここに来たのか?」

 僕は、彼女をの顔を見据えて言った。

「え?そ、それは、」

 黒木は、明らかに動揺した表情になった。

「どうなんだい。」

「すみません。社長、いえ優作さんに嘘をつきました。私が今日、ここに来たのは周作社長の命令です。」

「やっぱりそうか。」

「そうです。優作さんが何をしているのか、探ってこい、ということです。」

「やつの言いそうなことだ。」

「優作さんが何かを考えているのか知りたそうでした。」

「黒木、ここまで聞いてしまったら、僕が今何をしているか話すわけには、いかない。帰ってくれ。」

「分かりました。当たり前です。ただ、信じてください。居ても立ってもいられなくて、来てしまいましたという、さっきの言葉は本心です。」


 黒木は、立ち上がり、深々と礼をして帰っていった。こちらの動きが相手に伝わるかもしれない。

「こちらの開発も急がないといけないわね。」

 榊主任が、僕を鋭い視線を向けながら、にこっと微笑んだ。


 なんてきれいな人なんだ。ちょっとそんなことを思ってしまった。 

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