第14話 敗者

 僕は、会社を去るしかないと悟った。これ以上この会社にはいる意味がない。相談役など座敷牢のようなものだ。その前に、周作に会った。

「何しに来たのかな。」

「会社を辞めることにした。」

「それがいい。兄貴に会社経営など最初から無理だったんだ。」

「教えてくれ、なぜ涼子を。」

 周作はにやりとした。

「それは、女としてタイプだったからさ。兄貴にはもったいないと思ったからだ。」

「それだけじゃないだろう。お前は女には不自由してないはずだ。」

「ああ、特許のことか。まあ、それもある。本当の理由をしりたいか?」

 

 これまでにない荒い言葉遣いと下劣な笑みを浮かべた。

「俺はな。兄貴のものが何だって奪いたくなるのさ。俺よりも何一つ優れていないのに、先に産まれただけ、年上なだけで、俺が下に扱われるのが我慢ならないんだよ。

 だから、何もかも奪って憂さ晴らしをしたのさ。」

「たった、そんなことのために涼子を?」

「だから言ったろう。タイプだったって。涼子も、お前なんかより俺の方がよかったんだろう。仕事のできる男の方が。」

 僕は、怒りを抑えきれずに、

「お前とは、もう会うことも、話すことはないな。」

「ハハ。そうだなぁ。もう奪うものもないからな。」

 僕は、心に引っかかっるものがあった。確かに周作は、僕よりも優秀だし、能力もあるのは認めていた。ただ、兄だから僕は彼を下に見ていただろうか。絶対にない、と言い切れる自分でなかった。

 これは、僕が招いたことなのか。


 重い足をひきずって、会長室を訪ねた。

「優作・・・。」

「父さん、今日で会社を辞めるよ。1つだけ頼みがある。月渚と七星を育ててほしい。」

「お前はどうするんだ。子どもを見捨てるのか。」

「そうじゃない。ただ、今は、2人を育てていく自信がない、仕事もない。だから、僕に時間をください。」

「分かった。お前の人生を奪った俺にすべての責任がある。子どもたちのことは、責任をもって育てる、だけど必ず戻ってきてくれ。」

「約束する。」


 最後に、涼子に電話をかけた。出ないと思ったのに涼子は電話に出た。

「なに?もう用はないはずよ。」

「特許のことだ。なぜ、周作にあの特許を渡した。あの特許は、僕たちが、長い間一緒に研究して作り上げたものだろう。」

「でも、あなたは私の名義にした。私の特許を私がどうしようと勝手でしょ。」

「特許は、物や製品にならなければ、意味のないものよ。私の特許を形あるものにしてくれるのは彼だと思った。あなたは、研究するだけで、何も作り出さない。」

「もうすぐ製品にできそうなことは君も知ってただろう!」

「もう今となっては、どうでもいいことよ。」

「私の特許が形になるところを見ていればいいわ。」

 電話は切れた。もう、話をすることもないということか。


 一度だけ娘たちの顔を見ておきたい。

「パパ。おじいちゃんから聞いたよ。私たちを置いていくの?」

「ごめん。パパは会社を辞めたんだ。今のままでは、君たちをちゃんと育てられそうもない。でも、きっと迎えに来る。それまで、おじいちゃん、おばあちゃんと暮らしてほしい。」

「分かった。待ってる。」

 月渚は目に涙をためて言ってくれた。

「ねえパパ、もうママと4人で暮らすことはないの?そうなの?」

「ごめん七星。パパには、どうしようもできないんだ・・・。」


 2人を置いて僕は家を出た。仕事を奪われ、妻と家族を奪われ、生き甲斐を失った。僕は負けたんだ。


 



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