第五章&第六章
第五章
とある晴れたごく平凡な一日、仕事を終えたわたしはいつものように自転車で帰宅しようとしていると、道で郵便配達員に出会った。挨拶を交わすと彼はわたしに一通の封書と小包一つを差し出してきた。今からわたしの家に配達する予定だったのだという。しかもこれらの郵便物は時間指定での配達となっており、ちょうどよかった、と彼は喜んでいる。
見れば封書はわたしに、小包は妹宛になっている。小包は重量がありそうだった。わたしは受け取った。本来ならば自宅にきちんと届ける必要があるのだろうが、そこは狭い村、皆が顔見知りとあってはかなりルーズだ。
封書を裏返してみると差出人の名前はない。小包もだ。
サインをしてこれらを受け取り、郵便配達員がこの場を離れてから改めて宛名の文字を確認してみるとわたしは驚きに凍りついてしまった。封書と小包に書かれた字は同じもので、それは見覚えのあるものだったのだ。
見間違えようのない、弟の直也のものだった。
わたしは帰路を急いだ。もう七年も音信不通だった彼がどうして今になって便りを寄越してきたのか。紗代子に何を送ってきたのか? 今どこで何をしているのか? 浮かび上がる疑問も封書と小包の内容を確認しないかぎり解答は得られそうにない、自転車をこぐわたしの足も自然と速まる。
紗代子もまた直也の筆跡だと認め、驚きと同時に喜びを見せた。もちろん、音信不通だった肉親からの久しぶりの便りなのだから当然のことなのだが、その様子はまさに宿願が叶った者の喜びように見える…と感じたのは穿ち過ぎだろうか。
小包の中身は肉の詰め合わせだった。ソーセージ、ハム、ずっしり重かったのもうなずける話で、ずいぶんな量だ。予想外の贈り物に妹は喜び、今晩のおかずにしようと早速台所へと持っていき包丁を手にし始めた。
予想もしていなかった中身にわたしは拍子抜けしていた。久しぶりの便りがまるでお中元のようなものとは夢にも思わなかったのだ。妹に送る以上、もっと深刻な意味がこもったものが送られてくるものとばかり思い込んでいた。
台所から包丁の音が聞こえてくる中、わたしは封書の封を破いた。中に入っていた書簡は何枚にもわたり、それぞれにびっしりと文字が書き綴られている。弟が紗代子に対してではなくわたしに向けてどれだけ言うことがあるというのか、少なからず緊張を孕みながらわたしは手紙に目を通し始めた。
第六章
まず書かれていたのは失踪したことに対しての詫びだった。兄さんにも妹にも迷惑をかけた。特に兄さんには申し訳ない思いを抱いている、自分がすべてを投げ出したせいで兄さんに後始末を押し付けるような形になってしまった。本当に申し訳ない…などなど。ひたすら反省し、詫びる文句が書き連ねられている。執拗に感じるほどだ。
紗代子が戻ってきた。皿に贈り物の食品を並べて。何が書いてあるの?と茶碗に飯を盛りながら訪ねてくる。わたしはすでに読んだ内容をかいつまんで説明し、注意を手紙に戻す。
宛名を書かなかった理由は村にはプライヴェートなど存在しない、もしわたしが差出人であることが知れたらまた余計な詮索を受けることになる恐れがあるからだ、なんてことも書かれている。そういえば弟はあの忌まわしい噂が飛び交っている最中に出ていったため誤解だと判明して収束したことを知らずにいるのだ。それにしてもいったい何の意図があって弟は今この時になってこんな便りを寄こしたのか? この便りをもって何をしようというのか? わたしは理由も良くわからない胸騒ぎを覚える。
兄さん、食べないの? と紗代子が聞いてきたので先に食べていいよ、といった。妹は箸でソーセージをつまみ、口の中へ放り込んだ。
「うん、おいしい」
よく噛みしめながら笑みを浮かべる。その評価には久々の直也からの便りに対する感慨も含まれているのだろう。続けて口に放り込みながら手紙に直也の消息が書かれていないか訊いてくる。わたしも釣られるように笑みを浮かべながら手紙をめくって次の一枚へと移った。
と、そこでわたしの目は止まった。この一枚から文面ががらり、と変わり、これまでの社交辞令的に並べ立てた文章からわたしに対して呼びかけ、問いかけるような生々しいものになっていたのだ。
笑みはたちまちに引っ込み、心に巣くう不安はますます強固なものとなって思考が激しく揺さぶられる。
「どうしたの?」
わたしの表情に変化が現れたのか紗代子が訊いてくる。心の中にはびこった不安がそうさせたのか、ここからの内容を彼女に安易に知らせてはまずい、と本能的に判断し何気ない様子を装った。そしてその何気なさを保つよう努力しながら文面をたどり始めた。
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