ソーセージ

@aizenmaiden

第一章&第二章

   第一章


 わたし、二宮忠行(にのみやただゆき)ははS県K村で役所の役員をしている。まあ世間一般では田舎と評される地域だ。交通の便も悪く、村社会とも言うべき環境がかなり温存されているようなところだ。ただそれほど過疎化は進んでおらず、子供の数もそれなりに多く活気もある。この点でも昔ながらの雰囲気を残しているといえるだろう。

 そんな村の外れにある家で妹の紗代子(さよこ)と一緒に暮らしながら自転車で職場へ通勤する毎日だ。進学のために村を出て上京、卒業後そのまま当地で職を得ていたのだが、昨年に父が亡くなり家を相続することになったのを機に帰郷して現在の職にありついたのだ。いわゆるUターンというやつだろうか。この転職には亡き父親の村での声望が大いに役立ってくれたことを言っておく必要があるだろう。そして母はすでに亡く、妹と二人暮らしの日々だ。

 同居しているこの妹もすでに成年を迎えており、兄の贔屓目抜きにも人並み以上の器量に恵まれている。実際にさまざまな方面から嫁にと話が来るのだが、妹はまるで乗り気になる様子も見せずすべての申し出を断っていた。その妹が言うにはわたしを一人残して家を出ていくわけにはいかない、せめてわたしが所帯を持って家の将来が安泰になるのを見届けるまではこの家に住み、わたしの世話をするのだという。

 わたしはそんなことを心配する必要などない、人のことより自分の心配をしろ、とことあるごとに言っているのだが、妹は縁談の話と同じくらいまったく聞く耳を持たず、今も日々家にいてわたしの世話を焼き続けているのだった。

 確かに妹がわたしの身の回りの世話をしてくれるのは助かる。もともと生活能力に長けているわけではないし、一人で住むにはこの家は少し広すぎるのだ。ゆえにわたしとしては痛し痒しの状況なわけなのだが、妹が自らの意志で身を置いているこの現状が彼女の言い分だけで説明できるものではないことに薄々感づいていた。ひとつの疑問をともに。

 そしてその疑問を突き詰めて考えれば考えるほど心の中に黒いモヤのようなものが湧き上がってくるのであった。


   第二章


 その疑問にはわたしの弟、直也が絡んでくる。そう、わたしには弟も一人いるのだ。妹と双子の。

 この弟と妹の双子の兄妹は天が同じ鋳型で作り上げたのでは思うほど瓜二つの姿をしており、幼い頃から仲睦まじく何をするにも一緒だった。天使のように美しく駆け回る幼い二人の姿は村の人たちからも愛され、これ以上ない恵まれた環境で健やかに成長を続けていた。兄のわたしが羨望の念を抱くほどに。

 だが、そんな美しい環境は二人が十五になった八年前に絶たれることになった。村の人々の間で二人を巡って恐ろしい噂が流れはじめたのだ。


 この二人の間には神仏をも恐れぬ不義の交わりがあるというのだ。


 いったい誰がこのような冒涜的な噂を流したのか? しかしそれは村中を密かに、瞬く間に広がっていき、われわれ一家にの耳にも届くようになっていった。その影響を受けて村人たちは次第に我が家を遠巻きに眺めるようになり、やがてその目の色を白くしていくことになった。完全な村八分にならずに住んだのはわが家が村ではそれなりの名家であったことと、父が築き上げていた人望ゆえだろう。

 しかしこのような針の穴のむしろのような状況にいたたまれなくなったのだろう、弟は中学卒業を機にわれわれに何も残さないままある日家を飛び出し、そのまま姿をくらませてしまった。

 そしてその原因となった恐ろしい噂はと言えば彼が姿を消してひと月も経たないうちに流言であることが判明した。かつて妹に交際を断られたある青年が腹いせにまことしやかに言いふらしたものだという。これをきっかけに村人たちの態度は一変し、我が家に対する態度もかつてのものへと戻っていった。


 そうは言ってもこれまで通りの生活を取り戻せたというわけではもちろんなかった。村人たちは噂を安易に鵜呑みにしてしまった後悔と罪悪感、申し訳なさから我々に対して過剰なほど気遣いを見せるようになり、それがかえって彼らとわが家との距離を遠ざけもした。そしてもちろん、家を飛び出してしまった直也の不在は今回の出来事を「なかったこと」にして済ませるわけにはいかないことを示していた。そう、もはや決して元に戻ることはない、遅すぎたのだ。 


 直也が行方をくらませたその翌年、今度はわたしが大学進学のために家を出た。べつにいたたまれなくなって飛び出したわけではなく、もともと上京して進学する予定だったのだ。とはいえ、わたしとしても当時の村の雰囲気にはほとほと嫌気がさしていたので渡りに船ともいうべき状況だったのも事実だが。

 しかもわたしが家を出る前には弟からの手紙も届いており、職を得て無事に暮らしている、村に戻ることはないが心配しないでほしい、といったことが書かれていた。この便りに両親がひと安堵したのを見てうえでわたしは家を出ても大丈夫だろう、判断したのもある。もしかしたら直也はその点も考えてあのタイミングで便りを寄越してくれたのかもしれない。


 とはいえ、これでひとまず落着、となったわけではなかった。少なくともわたしのなかでは。なぜなら村中に広がり、弟を村から追い出し、最終的に流言として片付けられたあの恐ろしい噂はわたしにとって単なる噂ではなかったからだ。

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