《テケテケ》③

「そういえばアンナくん、キミは中学三年生でもう十二月なわけだけど、高校受験はどうなってるのかな」


 テケテケの依頼が持ち込まれた翌日の放課後、所長は今までにないほどまともな大人っぽいことを言った。


 もっとも所長が高校受験について言及したのは九月に出会って以来初めてのことで、それを問うにはあまりにも遅かったし、そんな受験生の放課後をいいように使っている時点でまともな大人とは言えなかったが。


「一応勉強してますよ。どこかにはいけるんじゃないでしょうか。勉強してなくてもそこそこ出来ますし」


「それは素晴らしい。ボクは全然勉強できなくて、高校だって地域で一番レベルが低いところだったからね」


 この人は一体何なんだろう。突っ込みたいのを我慢して私は続けた。


「……流石に、昨日の依頼者が通ってる高校はちょっと厳しいと思いますけど」


「でもいいじゃないか、ものは試しだよ。……いいやむしろ、行けない高校だからこそ貴重な機会だと考えることも出来ると思わないかい?」


 そう言うと、彼女はそれを取り出した。


 ……それは、黒いセーラー服だった。


 依頼者が着ていたのと同じデザインの制服である。


「体験入学ということで、キミにはテケテケが目撃された高校に潜入してほしいんだ」


 何となくそうなることは読めていた。


『ああそれと、最後にひとつ頼みたいことがあるんだけど――』


所長は去り際の依頼者に、こう言ったのだ。


『キミの制服の予備があったら、こちらに持ってきてもらいたいんだけど』


「もっともボクらに学校に転校させるような権力もコネもないから、放課後に生徒のふりをして噂について調べて来てほしいだけなんだけどね」


「……どうしてもやらなくちゃ駄目ですか」


「ボクやカレンくんじゃ無理だろ」


「カレンさんの女子高生コスは見てみたいですけど」


 私がそう言っても、カレンさんは壁に背中を預け、腕を組みながら黙るだけで。


(……このゆるさが気に入らないんだな、まだ)


「いつものブレザーじゃなくて、黒セーラーだよ? カレンくんなら喜んでくれると思ったんだけどな。多分サイズも合わないし、キミの好きな萌え袖――」


「――今はそういう話をしてる場合じゃないでしょ」


 所長の言葉を、カレンさんがぶった切った。


「……アンナちゃん、お願いしてもいいかな?」


 いつものおふざけゼロで、カレンさんが言う。


 そこまで真面目な顔で言われてしまったら、私だって断ることは出来なくて。


「似合うじゃないか、アンナくん」


 かくして私はセーラー服を着込んで、テケテケが目撃されたという高校――県立H高校に潜入することになった。


 ※


『……ただ、あなたが思うほど、霊はいいものじゃないから、夢を持ったりしないでほしいって、そう言いたかっただけ』


 去り際の転校生の言葉は、わたしの好奇心をひどく刺激した。


 わたしはオカルトが好きだった。伊達に霊感少女のふりをしているわけじゃないのである。だからわたしは、ことあるごとに転校生に絡みにいって、霊について訊ねた。


 最初の方は転校生も面倒くさそうにしていて、『幽霊とかいないから、嘘だから』としか言わなかったが、わたしは諦めなかった。


 諦めずに押しかけていたら、彼女は降参するように言った。


「……霊は、影なんだよ。黒い影なの。少なくとも、私にはそう見えてる」


 彼女が言うには幽霊は黒い影で、あちこちに点在するように存在しているらしい。影だから性別も分からないし、基本的には無害らしい。


「基本的に、ってことはヤバいのもいるの?」


「いるけど、ガン無視してれば大体なんとかなる」


「大体って」


「私は何とかなってるけど、何とかならなかったらどうなるかは知らない」


 素直に怖いと思った。


「……で、霊ってどうすれば見れるようになるのかな?」


 怖いと思ったけれど、好奇心を抑えられなかった。


「知らないし、見れてもいいこととかないし」


「えー」


「えーじゃないよ。霊の一番賢い使い方とか、結局はあなたみたいに不思議ちゃんぶって承認欲求を満たすとか、テレビとかに霊能者として出演するとかしかないし、だったら見れないほうがいいよ。見れても怖い思いをするだけだし」


 知らない、わからない、見れないほうがいいの一点張りだった。


 そうなってしまえば取り付く島もなく、わたしと転校生は次第に疎遠になっていった。


 そうこうしてるうちにわたし達は小学六年生になって、わたしは新しい塾に行くことになった。中学受験の勉強を本格化させるための、スパルタで有名な塾だった。


 みんな公立中学校に進学するのか、その塾にはわたしの学校から来ている子はほとんどいなくて、しかし同じクラスに、彼女はいた。


 もう転校生と呼ぶのもおかしい彼女は、そのクラスの中でもトップクラスの成績を誇っていた。


「霊に答えを教えてもらってるとか?」


「連中とは意思疎通とか出来ないから。普通に勉強してるだけだよ」


「真面目なんだ。でも珍しいね、うちの学校ほとんどの人は地元の公立にそのまんま行くのに」


「あなただってそうでしょ。……私は、頭のいい学校のほうがいじめに遭いにくいって聞いて、勉強もできるからとりあえず目指してるだけ」


「そうなんだ。わたしはね、お父さんがどうせなら目指してみないかって言ってね、だからやってるんだ。それに、高校受験しなくていいし」


「あなたってお父さんっ子?」


「お父さんっ子だよ?」


「いまだに一緒にお風呂入ってるとか?」


「入ってないよ」


 流石に去年で卒業していたが、それを言ったら馬鹿にされそうなので黙っておいた。


「とにかく、私の模試結果は純然たる努力の結果だから。そもそも霊に話しかけたらついてきちゃうから駄目なんだよ」


「え? それってわたしが場所を教えてもらって話しかけても?」


「知らないし絶対やめたほうがいい」


 わたしはスパルタな塾のなかでささやかな癒やしを手に入れて、受験勉強を続けていった。そうして時間は過ぎていき、あっという間に第一志望を受験した。


 二月の中旬、わたしの部屋、お互いのスマホをドキドキしながら見せあって。


「いよっしゃああ!」


 わたしと転校生は、ハイタッチした。


 同じ学校に、同じ第一志望に、受かったのである。


 かくしてわたしと転校生は、同じ中高一貫の私立に通うことになった。

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