《赤い赤ん坊》⑤

 どうやっても赤ん坊の声が頭から消えないんです。廃産婦人科に行って一ヶ月行方不明になってからずっとこうなんです。病院に行って薬をもらっても全然で、ずっと聞こえてるんです。毎日おぎゃあおぎゃあって。頭がおかしくなりそうですよ、僕は。


 ……幽霊? 僕は理系ですからね、そんなの信じてるわけないじゃないですか。考えてみてもくださいよ。今の地球には人類が八〇億人もひしめいていて、過去に死んでいった人間を合計したら一〇〇億や一〇〇〇億ではきかないわけです。でも自称霊能者の話を聞いてもそんなにたくさん霊がいるようには感じられない。原始人の霊なんて話、一度も聞いたことがありませんし。たとえばこの場所でも死んだ人はいくらだっているはずだし、どこもかしこも心霊スポットにならなきゃおかしいじゃないですか。連中は嘘をついてるんです。そうなんですよ、水子供養だって嘘なんです。ネットで調べたらすぐに分かりました。水子供養の歴史は浅くて、一九七〇年代に儲けに走った寺院が勝手に始めたことなんだそうです。しかもですよ? 件の廃産婦人科にいって、僕が消える前に触ったっていう慰霊碑を見てきたんです。そしたらどういうわけか周りについてた苔が剥がされていて、慰霊碑じゃなくて定礎だったんですよ。だから幽霊なんていないんです。頭の中に響いてるこの声は幽霊の声じゃないんですよ。


 でも単なる幻聴にしてはどうしようもなくリアルだし、病院で薬をもらっても全然消えてくれないんです。だから自分は現実に起きたことだけを整理してみました。


 まず僕が一ヶ月行方不明だったのは事実です。その時の記憶が一切ないのも事実です。そして幽霊がいないのも、廃産婦人科の慰霊碑が定礎だったのも事実です。頭のなかで赤ん坊の声が響き続けてるのも、お陰で大学を中退する羽目になったのも。ここから導き出される答えは簡単です。


 僕は、宇宙人に誘拐されたんですよ。宇宙人に誘拐されて、脳にチップを埋め込まれたんです。埋め込まれたチップが赤ん坊の声をがなり立ててるんです。連中の宇宙船に誘拐されたから、ウラシマ効果で一ヶ月が一瞬で過ぎ去ったんです。


 ……なぜ否定するんですか? もしかしてあなたも、宇宙人なんですか? 僕をそうやって監視してるんでしょう。私がまた科学に目覚めないように。俺がお前たちを告発しないように。


 宇宙人なんかいないって言うんですか。そんなわけないじゃないですか。じゃあこの声はなんなんですか。あらゆる薬を試しました。でも聞こえるんですよ。耳栓をしても鼓膜を破っても聞こえるんです。赤ん坊の声が。


 廃産婦人科も慰霊碑も水子も全部嘘なんですよ。妄想なんですよ。

 そんな非科学的なこと、起こるはずがないじゃないですか。

 じゃあもっと納得のできる答えをくださいよ。

 ずっと苦しいんです。頭がおかしくなりそうなんです。

 幽霊でも宇宙人でもなかったら何なんですか。

 異世界人ですか? 別次元の住人ですか? ねえ? 教えて下さいよ。




                       第二章赤い赤ん坊

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