第19話 幕間~雅な楽の音
うららかな初夏の風が気持ちよい。春の黄砂混じりの強風もおさまり、夏も蒸し暑さの前は良き季節である。
コーン
ゴーン
リーン
春秋時代の代表的な楽器、青銅器・
「
拠が
そこへ、一人の近侍が蒼白な顔をして政堂に駆け込んできた。彼は息を荒げており、歩かねばならぬ宮中を非礼にも走ってきたことになる。
「恐れながら申し上げます! 我が国が
政堂は、一瞬静かとなった。その後、ざわめきはじめる。
が。
「それは我が軍からの報告か」
拠は冷静であった。
「い、いえ……
当時、
拠は肩をふるわせたあと、笑い出した。近侍たちは晋公の精神に変調が起きた――つまり狂った――と思い、さらに動揺した。しかし、拠は狂ったわけでも動転したわけでもなかった。
「あれほどの偉容で進みながら、余の軍を大敗させ、しかも伝令も遅い! やはり
それはあまりにも冷たすぎる君主の言葉であった。近侍たちも戸惑わざるを得ない。だが、一部の近侍は察した。我が君は六卿を疎んでいるのだ、と。
「そのようであれば帰国も遅かろうよ。いや、人数が少なくなる分早いか? しかしまつりごとをいつまでも止めておくことはできぬ。日々のどうでもよいことばかりをしておけと言っておったが、そうもいかん」
歌うように言うと、
寺人は木簡を広げて読み上げる。
「
近侍たちは屠岸賈という壮年に目を移した。屠岸賈は一瞬息を飲んだ後、震える声で
「私には責大きく務まりませぬ。どうか、ご経験ある長老の方々へ」
と返す。拠は気を悪くした様子もなく
「
と言った。屠岸賈はさらに二度断ったが、拠は気にしない。これは、一種の様式美なのだ。一度で受けぬのがこの国の美徳とされている。
屠岸賈は四度目に頷いた。こうなると出来レースのようであった。少なくとも拠はそう思っていたであろう。
しかし、屠岸賈は仕方なく頷いたのだ。四度目に断れば本当の拒絶となる。そうして、君主の不興を買えば膳宰からも下ろされる。それは霊公の時代、
司寇というのは、一言で言うと法に照らし合わせ罪人を捕まえ刑に処す役人である。法務大臣と警察庁長官、最高裁判所長官に刑務所長が複合し単純化したものと言って良い。膳宰は祭祀として重要な宴席や贄を用意する役人で、政治的な職能ではない。そうなれば屠岸賈は大抜擢といえる。
しかし、屠岸賈は有能であるが安定を望む男であり、君主権を奪われた霊公や
「
拠の言葉は屠岸賈の奥底にある暗い炎を思い出させるに十分であった。
「かしこまりてございます。謹んで務めて参ります」
屠岸賈は、少し重みのある声音で返し拝礼した。
さて、拠はさらに寺人に読み上げさせる。
「正卿以外の六卿を謹慎に処す。いつまでかは追って沙汰する」
この大敗で六卿は謹慎を申し出るであろう。それに拠は拝謁を許さねばならぬ。そうなれば、おらぬ間の指図をしてくるに違いない。拠は先手をうってそれを封じたのだ。
「岸賈よ。汝は己の格、身分など忘れ、職務に励め」
最後、拠はそう言って朝政を終わらせた。屠岸賈はもちろん、近侍たちはみなわかったのだ。拠が六卿を粛正しようとしていることを。
君主は六卿の人事権を持たない。
君主は六卿に選ばれようやく玉座にあがれる。
封建国家である晋の歪みである。
晋公として、六卿のお情けで君主となった父を持つ息子として、彼はこの国を変えようとしていた。――表に立たず、裏から近侍たちを操って。
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