変化する経済と防疫失敗

地球各国が銀河連邦構成国の保護国になってから1年ちょっと、世界から貧困はほぼ根絶された。


特に、配給制度が正常に機能する先進国においでは数か月でほぼ死語となった。




その代わりとして、経済さんが死んだ。




原因は明確で、銀河連邦からの物資……配給品が原因だ。


食品を除くあらゆる製品は値崩れを起こした。


スマホより高性能な情報端末が千円程度の価値の配給権で買える。

エネルギー資源は銀河燃料の前ではゴミ扱い。電力は元原発跡地に屯する宇宙船が無限に供給してくれる。

地球の国家を介してではあるが、全国民に無条件で配給権が全人類に配給され、配送も自動。


結果何が起こるかは考えるまでもない、

預金は電子の藻屑となり、半年で人口の6割が職を失い……路頭には迷わなかった。



失業して、も住居と食料以外は以前より高品質なものが手に入るようになった。


仮に借家住まいで家から追い出されたら?過疎地のゴミみたいな値段の土地を買えば良い。


配給権を数か月節安すれば素人がDIYで小さ目ではあるが大手ハウスメーカー並みの家を作れる。


何人かで配給権を節約して複製機を購入すれば、その辺のゴミを放り投げれば地球製の製品コピーだって入手可能だ。


配給券様万歳だ。


日本も当然その流れにもれず、一部の食品系産業と一部嗜好品産業以外はあらかた壊滅し、人口の分散が始まった。


そして、今年の頭ごろからの新たな流れとして一倍ムーブメントとなっているのが、農業だ。





「結局、もっと配給権が欲しい時に一番『割がいい』のが農業なんですよねー今は。従妹の家族も北海道にUターンして親戚の農場を引き継ぐみたいです」


昼休み、なじみの居酒屋でランチを食べ終わった俺は、情報端末に流れるニュースを見ながらボスに話題を振る。


「いい事じゃない。もう私の母星では地球産の食材の味が知れちゃったから、本国から『増産はいつなんだ?』って矢の催促よ」


最後に食べるために残しておいたのか、たらの芽の揚げ浸しをチマチマ食べながら相槌を打つボス。


その長い耳はピコピコ動いている。どうやらたらの芽の揚げ浸しが気に入ったらしい。



「多分今年の秋ごろから徐々に輸出を増やせるようになるとおもいますよ、ほら」


そう言ってボスに情報端末を回覧する。


そこには今日の午前に日本政府との会合で取得してきた産業関係の統計データが記載されている。


「失業者3000万人の内、5%の150万人が春頃までに新規就農、作付け開始、ね。いいじゃない」


「まぁ配給権のおかげで働かなくても生きていけますが、やっぱり人間は落ち着くと贅沢をしたくなる生き物ですからね」


俺自身、今まで我慢していた趣味の天文グッズを買いあさっている。


「まあ大半は失敗するでしょうけど、それでも結構な量の増産になると思いますよ」


「うーん…それは困るわねぇ、なるべく早く輸出を増やしてほしいのだけど……あ、そうだ」


ポンと手をたたき、いいことを思いついたといった表情のボス。


「ちょっと問題があって回答を保留にしてたんだけど、ノーム族の入星を解禁しましょうか」







☆彡







ノーム族。


歴史的には私たちエルフ部族連合とは文明の開闢以来の付き合いで、ある意味微妙な関係地にある種族になる。


エルフ的には友好種族というか、ぶっちゃけエルフの奉仕種族としてエルフと一緒に文明を開拓してきた種族でもある。


銀河連邦の中でもとびきり勤勉?……うん、勤勉??勤勉な種族で、土と鉱石の扱いに長けている。


本国からの増産要請と時を同じにして、おそらく母国の中枢から情報が漏れたのだろう。


急激な増産が必要→ハードな職場→素敵!


ということで熱烈な入星解禁の要請がノーム族から来ていた。


とある理由から解禁はためらっていたのだけど……日本人側がやる気を見せたのだから私も腹をくくろうと思う。





そう意を決して自らのオフィスのドアを開ける。


とたん、オフィスの中で田中と雑談をしていたノームたちが私に殺到してきた。


「やはり地球は素晴らしい!24時間労働の許可はいただけるので?」


「ようやく入星を認めてくれるのですねエルフの方」


「北海道ってマンドラゴラ育てても出ても合法ですか?」


「ヒグマはおやつに入りますか?」


「すぐ仕事できるように道具を先に輸入許可してもらっていい?」


やんややんやわいのわいの。


懐かしい風景に思わず頭が痛くなる。


「24時間労働は不許可、労働は一日4時間まで!入星は日本政府から招致就農者の集計が終わり次第です!マンドラゴラは禁止!ヒグマで変なことするのも禁止!道具の輸入は許可するわ!OK!?」


一気に返答し終わると、ノームたちは一瞬スンっと固まったのち、すぐに元気よくはーいと返事をしたかと思うと、そのまま走って帰っていった。


「……ふぅ」


「なんというか……無邪気な方々ですね」


嵐のように過ぎ去っていったノーム族を見送って、思わず眼鏡をはずして目頭を押さえた私に、田中が苦笑しながら言ってきた。


あとの日本側への調整は田中の仕事だ。


「観察官事務所側のエルフ人員で入星量は調整するから、田中の方は日本政府に対して招致就農者に絶対に契約事項は守らせるように強く要請をしておいてね」


「就農時間一日4時間以内、無茶ぶりは禁止、毎日就労終わりにノーム人を計量する……ですよね?前二つはまぁいいとして最後のが意味不明なんですが…と入星制限の単位が人数じゃなくて重さなのも何なんですか?」


田中が見る資料の中には入星制限の欄に年間受け入れ数:3000トンの文字。


新規就農者の一人当たり2個体程度のノームが割り当てられる計算になる。



「理由は今から説明するわ。まずね、ノームって種族なんだけど、修羅場になればなるほど増えるし、ブラック労働を強いれば強いるほど成果と厄介ごとを持ってくるのよ」


「どういうことです?」


いまいち見当がつかないといった表情で田中が問うてくる。


「エルフ部族連合の宇宙進出初期、どうしても急激に赤色矮星のガス惑星の衛星一つをテラフォーミングする必要が出てきて、100人の合計100キログラムのノームさんに14連勤24時間労働をお願いしたことがありました。どうなったと思う?」


「さすがに14連勤24時間労働はキレるのでは?」


「目をキラキラ輝かせながらやってたわよ。期日の半分の7日で要求仕様は満たされたわ」


「それはすごい」


「14日後、私たちエルフの目の前には大小ざまざま10万トンのノーム族と7個のよくわからない生物付きのテラフォーミング惑星が納品されたわ」


「なんて?」

聞き間違えか?といった表情で聞き返してくる田中。


「7個の未確認生物満載の惑星と500グラム~1トンの『大小さまざまな』、10万トンのノームが次の仕事をお替りしてきたわ」


私の補足に田中が現場猫みたいな顔をしている。


「ノームに無茶ぶりをするとね、ノリノリでこっちの要求以上のことを勝手にしだしちゃうの。そして収拾がつかなくなっちゃの」


未確認生物付きのテラフォーミング済み惑星7個とか悪夢でしかない。


「……あの、ちなみにその事例はどうやって解決したんですか?」


恐る恐るといった表情で聞いてくる田中。


「核兵器放り込んで使う予定だった惑星以外はノーム族ごと死の惑星にしたわ」


「大量虐殺!!!」


普通ならそう思うわよねー。普通なら。


「アフロみたいになった20人くらいのノームが核投下の翌日に『こんがり焼けましたー、次の仕事をくださいな』って言ってきたわよ」


「もしかしてノーム族ってギャグ時空の生命体だったりするのでは?」


多分そう。部分的にそう。


付き合いが長いが謎だらけ、会話は成立するが伝わらない、たぶん集合意識の生命体なのでは? よくわからん。怖。でも便利。ぐぬぬ。


エルフからしたらそんな感じの知的生命体、それがノーム。




「そんなわけで、絶対に、無茶ぶりはしないこと。分かった?」


「今の説明も追加して日本政府には連絡しておきます」


田中の脳裏には某モンスターを狩るゲームの舞台が日本に出現する様子が思い浮かんだのかもしれない。


すこし青い顔をしながらうなずいていた。


「まぁ、先の例はノーム族の母星から近い位置にあったときの話だから、地球の場合はノームが何か母星の物資を大量に運び込まない限りは大丈夫だと思うわ」









――――同時刻、地球圏貨物ターミナル通関





「さてと、次のコンテナで行の業務は終わりにゃぁ」


つかれたニャーとつぶやきながら通関業務をしている一匹の若い猫又族。


その手の端末にはノーム族からの通関書類のデータが移されている。


「これは――エルフ部族連合からの積み荷かにゃ」


いつもの汎用配給物資とは異なる積み荷を見て、その猫又は申請人に通信を飛ばした。


画面にはニコニコとした表情を浮かべる一人のノーム族


「この積み荷の中身は何にゃ?」


「北海道開拓用の開拓資材ですよ! あ、これ、輸入申請です」


そう言ってノームから送信された補助書類にはつい先ほどの時間付でエルフの首席監察官による承認印がなされていた。


「あーエルフさん、日本の所かにゃ。そういえば中国の観察官事務局ニャーティア管轄からの共有で日本が近いうちにノーム受け入れ始めるって言ってたにゃ」


「解禁され次第仕事に取り掛かりたいので事前に搬入しようというやつです」


にこりと笑いながら言うノーム。


ノームからの申請というところが引っかかるが、首席監察官の承認印もあることだし通してもよいかと思った若猫又。


許可の手続きをして積み荷はノームの船に戻っていく。





積み荷の中では、満載のトウモロコシやサトウキビなど地球でも見慣れた植物――





――がうねうねとダンスパーティをしていた。

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