OL真奈斗はデータにないぞ!

 それは唐突、不意、前触れもなく現れた。パンツ一丁の校長と大金を握りながらOLスーツを着こなしている双葉真奈斗が。


 まてまて、慌てるな。


 素人判断を下すな。焦ってはいけない。


 今まで俺の人生で、焦っていいことが一つでもあっただろうか。いつだって酷い目に遭ってきただろう。ゲームだって然り、同人誌だって然り、急いで終わらせたものはことごとく散々な結果に終わった。


 とにかく落ち着け俺。これはなんだ、一体どんなシチュエーションだろうか。夢の中でも物語では、まず己の置かれているシチュエーションを理解しないことには、話が前に進むまい。


 まずは己の情報を整理しよう。思考モードに入るために、頭に指を当てた。


 俺の名前は安達大樹。筋肉と双葉莉奈と女装男子をこよなく愛する、中国地方広島県在住の高校二年生だ。


 女装男子と男の娘は似て非なるものだ。俺は普通に女の子が好きである。でも推しのアイドルは男の娘だ。要するに推しと好きは違うということ。それだけ覚えて帰ってほしい。


 そして今、目覚めたら莉奈が六人になっていた。奈緒曰く、ここは夢の中らしい。さらに星宮千暁もこの空間に迷いこんでいた。


 そして今に至る。


 で?


 で、どうしてOLスカート姿の真奈斗?


 双葉真奈斗さん?


 頑張って思い出してみたものの、しかしまったく、それと今の状況が繋がらない。六人の莉奈の中から未来の莉奈を見つけなきゃいけないのに、それがどうして真奈斗になる?


 俺は改めて眼前の女装美少年を見る。


 ためつすがめつ、凝視する。


 ボーイッシュな髪型。高校一年生の男子にしては小柄な体格。そしてぱっちり二重な目と、大金を見て固まっている女装男子。


 間違いない。


 間違えようがない。


 上から横から、三百六十度、肉体や内臓に至るまでどこからどう見ても双葉真奈斗だ。


 例え真奈斗が一卵性五つ子で『本物を当ててください』と迫られたりしても、はたまた巧妙に作られたロボットだとしても、俺ならば看破する自信があると言っていい。


「……すぅ~はぁ~」


 俺は一瞬、夢の中で夢の世界に堕ちかけた。卒倒しかけた。


 なんだこの破滅的なビジュアルは。反則であろう。


 OL姿とか俺の想像の外側にあった発想だ。だってまだ俺、本格的に社会進出してないから。


「それはもう、置いておくとして。千暁、隣の人は誰だ? 会ったことない、初対面だけど」


「切り替え早いな。夢の中で出会った、ロシュフコーだ」


「ロシュフコー? どこかで聞いたような名前……」


 と言ってる間にも、ロシュフコーは莉奈の一人に接触していた。ロボットな莉奈だ。


「恋愛においては、往々にして疑うよりも騙すほうが先に立つ」


「ソンナコトナイモン~!」


「よく調べもせずに、簡単に悪と決めてかかるのは、傲慢と怠惰のせいである」


 すごい正論ぽい言葉を並べ立てるロシュフコー。


「貴殿にもアドバイスをやろう。恋を定義するのは難しい。強いて言えば、恋は心においては支配の情熱、知においては共感であり、そして肉体においては、大いにもったいをつけて愛する人を所有しようとする、隠微な欲望にほかならない」


「うっわ生々しい」


 ロシュフコーの言葉はいちいち真理をついているのか、ついていないのかわからない。


「よし、それは一旦置いておくとしよう。それはそれとして、OL真奈斗ってなんだこの野郎! 最高か!」


「大樹~!?」


 真奈斗に飛びかかろうとしたら、本物の莉奈が怖い笑顔を向けながら、声色を変えて迫ってきた。


「実の弟に嫉妬してどうするよ」


「嫉妬はあらゆる不幸の中で最も辛く、しかもその元凶である人に最も気の毒がられない不幸である」


 千暁がツッコミ入れて、ロシュフコーがまたよく分からないことを言っている。


 さっきから止まらないなロシュフコー。


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