第2話 あるじ♀は天変地異を起こす

朝。

ケージの中は三十一度、湿度四十五。

ちょうどええけど、空気が少し乾いとる。

まぁ、乾燥地帯出身のワイには問題あらへん。

今日も温度良好、環境安定――の、はずやった。


ワイは岩の上でまったりモード。

床がじんわりあったかい。静かな朝や。

――そう、平和な朝やった。


ところが、あれが鳴った。

「……掃除機の起動音や。」


ガガガガガァッ!

低音の振動が床から伝わってくる。

レオパの尻尾センサーが反射でピクつく。

ケージが小刻みに震える。


掃除。これは、まさに地殻変動や。

ワイの観測データによると、発生頻度は週一回。

日曜に多いが、今日は水曜。予定外や。


「コジロー、ごめんね~。ちょっと掃除するね」

あるじが掃除機を抱えて近づいてくる。

その先端――吸い込み口がケージの目の前を通過。

「ひぃぃ……」

声は出さんけど、内心では絶叫や。


ワイは防空壕(ウェットシェルター)へ退避。

これがレオパ流の避難訓練や。


あるじは床を吸いながら鼻歌。

音程がずれてる。

吸引音と混ざってカオスや。

「なんで楽しそうなんや……」


ケージの前を通過するたび、砂粒がかすかに揺れる。

観察項目に「震度」を追加せなあかん。


やっと掃除機が止まったと思ったら、

今度は布巾を手にしてケージの上を拭きだした。

その手元の向こうに、ワイは不穏な影を見た。


――コオロギ。

いつぞやの残り、逃げとるやん。


床の上でカサカサ動いとる。

ワイの狩猟本能がピクッと反応。

けど、ケージ越しや。何もできん。


「うわっ、出てる!」

あるじが慌ててティッシュを持って追いかける。

コオロギ、逃げる。机の下、椅子の脚、カーペットの影。

ワイ、観察中。尻尾でリズムを取る。


「待てコオロギー!」

……呼んでも止まらんやろ。


しばしの格闘のすえ、静寂が訪れた。


ワイはガラス越しに結果を確認。

ティッシュの中から脚が一本見えとる。

「捕まえた~!」

あるじが笑ってピース。

ワイ、無言。

勝利ポーズの意味はわからへん。


「ねぇコジロー、これでスッキリしたでしょ?」

……いや、こちとら砂の上で生きとる。

もともとスッキリしとるわ。


あるじはケージを覗きこんで言う。

「今度、コジローのお部屋も掃除してあげようか?」

ワイ、素早く後退。

全力で拒否の姿勢。


「……今、逃げたでしょ」

気のせいや。


「よし、これで完了~」

あるじが満足げにソファへ。

テレビから音楽番組。アイドルが踊っとる。

あるじが「かわいい~」って笑う。


ワイはじっと見つめながら考える。

掃除ってやつは、ヒトの本能なんかもしれん。

ワイにとっての砂掘りと同じや。

やると落ち着くらしい。


ワイはシェルターに戻り、自慢のシッポを枕に、ゆっくり目を閉じる。



本日の観察記録――

 ・天変地異(掃除機)発生。

 ・被害:軽微。

 ・コオロギ脱走兵:殉職。

 ・あるじ♀:満足げ。

特記事項:「掃除とは、恐ろしくも平和な儀式である」


明日は静かな日でありますように。

脱走兵よ。フォーエバー。

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