ちびっこエルフは森の外
第40話
「ま、間違えた……」
ヴァルさんがしゃがみこんだ。
「なんで?ちゃんと森を抜けられたから、間違えてないよね?」
あれから2週間。夜に寝る時以外ほとんど休まずにヴァルは走り続けた。
……体力お化けだった。私は抱っこされ続けてたけど、精霊さんに私とヴァルの匂いで魔物が寄ってこないように空気のカーテンを作ってもらったり、ちょっとだけヴァルさんに追い風を吹いてもらったりした。
いや、私は抱っこされてるだけで精霊さんが助けてくれたんだけど。
でも、抱っこされつつちゃんと周りは見てた。
「ヴァルさん、ポポの実発見っ!」
とか。
「ヴァルさん、ヤマドリ飛んでる!」
とか。
食料見つける係をしてたよ。
……まぁ、ポポの実を採るのもヤマドリを獲るのもヴァルさんがやってて……。
どうせ私は抱っこされて寝てただけだよっ!
でもさ、歩いたらスピードが落ちて迷惑かけちゃうから仕方なかったし。
ちゃんと、走ってるヴァルさんの口に焼き鳥ちぎって運んだり、ポポの実の皮をむいて運んだりしてたもん。……そう、食事の時間すら立ち止まらなかった。
体力お化け……。
一方私は歩くこともなく過ごした数週間でますます体力落ちてる自信がある……。森を出たら運動しなくちゃっ!って思ってたから。
「ヴァルさん、下ろしてっ!」
私を抱っこしたまましゃがんだので、体をひねってねじってヴァルさんの手から逃れる。
すとんと久しぶりの地面。
そうだよ、寝る時も抱っこされてた。……っていうより。
「こんな硬いところに寝かせるわけにいかない!」
ってさ。ヴァルさんの上でうつぶせで寝てた。……赤ちゃんのラッコ抱きって言われる寝かしつけられ方あるじゃない?あの状態。
……私、もう6歳なんですけどね。
……それに、村では硬い板の上に寝てたから平気だし。
旅の前半は枯れ草敷いたところに寝てたのに。
あの一件いらい、過保護が加速したとしか思えない。
「おおお、森を抜けたぁ!」
その場でパタパタと足踏み。
それから、万歳して体を伸ばすと、体をもっと動かしたくなって、走り出した。
「どこへ行くフワリ!危ないぞ!」
腕をヴァルさんに掴まれた。
「もうっ、この辺ちょっと走るだけだよっ。ヴァルさんは休んでてよっ!」
「危ないぞ」
「危ない森を抜けたんだから、危なくないんでしょっ!」
「いや、森の外も安全ではない」
じゃあ、何で森を必死に抜けたのか分からないじゃん。
「なにが危険なの?」
「そんな風に走り回ったら、岩にけっつまづいて転んでしまうかもしれない」
過保護か!
「大丈夫だよっ。ヴァルさんみたいなスピードで走るわけじゃないんだから、ちょっと転んでも膝をすりむくくらいだよっ」
ヴァルさんが青ざめた。
「ひ、膝をすりむ……く……」
……この世の終わりみたいな顔をするのはなぜだ。
冒険者のヴァルさん、もっとすごい怪我するよね?
それに、村にいたころにはちょいちょい怪我してたし。
ん?でも待てよ?その怪我って、日本にいた時より、治るの早くなかった?
……若さのせいじゃなくて、エルフだからだったりして?
長生きなのはケガや病気に強いから説……。もしそうなら……。
「わかった。走らないよ。ちょっと散歩。歩いてくる」
ヴァルさんに怪我の治りが早くて変に思われるのも嫌だし。おとなしく歩くことにする。
とことこと歩き出すと、ヴァルさんがカルガモ親子のごとくとことこと後ろをついてくる。
いや、親子とじゃサイズが逆だけど。
金魚の糞?
いや、でかすぎるよな。糞にしてはヴァルさん。
くるりと振り向いて、ジト目でヴァルさんを見る。
「どうした?はやり森の外は太陽の光がまぶしくて目が開けてられないのか?半目になってるぞ」
ジト目です。
「それとも、眠いのか?」
ジト目です。
「もう、ついてこなくていいよ。この辺歩くだけだからっ!」
「いや、でも、何かあったら」
「何があるっていうの?森を抜けて、荒野に出たっていうのに!見晴らしがよくて魔物が隠れる場所もないのにっ!」
ヴァルさんが突然ゴツゴツした石や岩が転がっている地面に両手をついた。
「スマン……」
「あ、私こそ、あの、後ろをついてくるのだって、私を心配してくれているのに、ひどいこと言って……」
確かに、前々から過保護なところもあったけれど、食べられる物を探しに行く私の後をずっとついてくるようなことはなかった。片時も離れられないなんてことはなかった。こんな風になったのは……。
あの時からだ。
レッドタイガーが現れて死にそうになったとき。
きっと、あれがトラウマになってしまったんだ。
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