第34話

「うん、覚えたぞ。分かりやすいな、これ、葉っぱが白く見えるから探しやすい」

「でしょ。このぼこぼこして形の悪い実は、お酒につけると疲労回復効果があるとか言われてて」

 ヴァルさんがぱぁっと明るい顏をする。

「酒かぁ、そうか、酒!」

 ……あれ?もしかして酒好き?

「早く言ってくれよ~。形が悪いから無視してたのに~」

 と、うきうきしながら虫癭果を積み始めた。

 虫のせいで虫こぶになった実は、木天蓼または木天蓼子っていう漢方薬だったりするんだよね。見た目は悪くなるのに、虫こぶにならないと薬効がないという不思議さ。

「で、これ、何ていう名前なんだ?」

 おや?まだ名前教えてなかったっけ?

「ああ、これは」

 ざわりと森が揺れた。

 おかしな表現なんだけど、肌がざわざわする感じ?あれが森に広がったような……。

「魔物っ」

 ヴァルさんの私を抱きあげる手に緊張が走る。

 こんなこと初めてだ。魔物が出ても会話しながらひょうひょうと倒していたのに。

「あっちだ」

 ヴァルさんが視線を向けた先から、小鳥や魔鳥たちが一斉に飛び立った。

「こっちに来るみたいだな。離れるぞ」

 ヴァルさんが魔物の気配を警戒しながら、距離を取るために走り出した。

  10分ほど走ると、背後で木がなぎ倒されるような音が響いてくる。

「まずいな、距離が取れない。一体何の魔物だ?」

 ヴァルさんが、目の前に現れた大岩に上り、背後を確認する。

 倒された木々が道のようになっている。そして、その先頭に赤い巨体が見えた。

「レッドタイガー……」

 レッドタイガー?

 よく見ると、炎のように揺らめくたてがみを持つ、赤い巨大な虎のような魔物の姿があった。

「あれが……赤い悪魔……」

 エルフの村ではフェンリルよりも恐れている魔物。

 炎を操るため、風魔法との相性は悪く、村も森も焼かれてしまう。

「くそっ、もっと岩場に住んでいるはずなのに、何故追いかけてくるんだ」

 ごくりと唾を飲み込む。

「ヴァルさん……川、川を渡れば……」

 エルフの村ではもし赤い悪魔に森の中であったら、川へ逃げろと教えられている。

 今思えば、遭遇したら子供が逃げ切れるような相手じゃないと分かる。

「ああ、川は……」

 岩の上から川の位置を確認する。レッドタイガーの向こう側だ。

「くそっ」

 逃げる方向と逆。

「どちらにしてもここで迎え撃つわけにもいかない。森で戦えば、森が燃える」

 ヴァルさんが何かを決断したような顔をする。

 岩から飛び降りると、背中のルツェルンハンマーを取り出し、大岩にツルハシ部分を下ろした。

 ガツンと大きな穴が開く。5度ほど打ち付けて、大岩に小部屋を作ってしまった。

 それから、崩した岩から出た石を積み上げて、穴の入り口を塞いでしまう。

 何をしているんだろう?

 真ん中あたりに直径30センチほどの穴を残して全部入り口をふさぐ。

「この大きさならゴブリンも入ってこられない。スライムも上ってこないだろう」

 え?

「フワリならこの穴をくぐれるだろう?中で待っていてくれ」

 ヴァルさんが穴に私を足から入れる。

「ヴァルさんは?」

 この穴の大きさじゃヴァルさんも入れないよ。

 不安そうな顔をしたからか、ヴァルさんが私の頭を撫でた。

「大丈夫だ。川まであいつと追いかけっこだ。逃げるだけなら何とでもなる」

 逃げるだけなら……それは、逆に言えば倒そうとしても倒せないって話?本当に大丈夫なの?

 だって、フェンリルよりも恐れられてる魔物だよ?

「森で厄介なのは、あちらは容赦なく火魔法を使うことだ。森を焼かれるわけにはいかないだろう」

 私が中に入ると、巾着袋を渡された。

 取りすぎたオーク肉をカリカリに焼いて夜に吊るして干した半生干し肉が入っている。それから野蒜とさっき採ったマタタビの実。

「すぐに戻ってくる……と、言いたいところだが」

 ヴァルさんがんーと考えた。

「ちょっと遠回りして川に誘導する。できれば住処である岩場まで連れていければいいと思っている。早くて2日。遅くとも4日。もし、5日待っても戻ってこなかったら、助けを呼べ」

 ヴァルさんが青い石を一つ私の手に握らせた。

「火にこの石を入れると、青い煙が立つ。近くにエルフの村があれば助けに来てくれるはずだ」

 それから、今度は小瓶を渡された。

「ポーションだ。怪我をしたり病気になったりしたら使うんだぞ?」

「いらない。ポーションはヴァルさんが持って行って」

「だめだ」

「私はこの中でおとなしくしてるから、怪我もしないし病気にもならないよ、だから、ヴァルさんが持っていくの!」

「いや、何があるか分からないだろ?」

 また、過保護なの?何かあるわけないじゃない。魔物が入らないように岩に穴開けて入り口塞いで、食料も置いて……。

「ヴァルさんが持って行かないなら、私、すぐにここから出て追いかけるよ?」

 ぎっとにらみつけると、やっとヴァルさんが折れた。

「分かった。川に誘導したら、これ、使うことにするよ」

 ヴァルさんがポケットから私に渡したのと同じ青い石を取り出した。

「エルフに助けを求めるなんてと思ったが、川から岩場までの誘導はエルフに任せる。森を守る仕事は自分たちでしてもらうよ」

 うん。それがいい。エルフのためにヴァルさんが犠牲になることはない。

 ……って考えるの、私、性格悪いかな……。



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