政局地震、判決、そして

第21話 不信任案と解散権

そのしらせは、永田町ながたちょうを、物理的な「地震じしん」のように揺らした。


『野党、内閣不信任案を提出』


天羽麗奈あもう れいなが、桐谷冴きりたに さえの「判決期日はんけつきじつ決定」という、司法しほうの“ひかり”を知った、その数時間後のことだった。


(……早すぎる……!)


議員会館・別館。

政治的「流刑地るけいち」で、麗奈はテレビの速報そくほうが映し出す「内閣不信任案」のテロップを、血のの引いた顔で見つめていた。


仕掛けたのは、新和党しんわとう七瀬紗良ななせ さら

麗奈は、七瀬と、政権せいけんそのものを人質ひとじちに取る、危険な「はし」を渡る覚悟かくごを決めた。


だが、それは、あくまで大法廷だいほうていの「判決はんけつ」という“切りきりふだ”を待ってからの、最終交渉さいしゅうこうしょうの“カード”のはずだった。


(……七瀬代表……! あなた、判決はんけつを待たずに、“爆弾ばくだん”の信管しんかんを……!)


野党やとうは、経済政策けいざいせいさくの失敗を理由に、不信任案を提出した。

だが、彼らが、この、勝てるはずのない勝負しょうぶに打って出た、本当の理由は、ただ一つ。

連立与党れんりつよとう・新和党が、水面下すいめんかで「不信任案に“同調”する可能性」を、リークしたからだ。


与党よとうからの「造反ぞうはん」。

その匂い(嗅覚)が、国会こっかいという「伏魔殿ふくまでん」を、一気に火薬庫かやくこへと変えた。


「先生! 幹事長かんじちょうしつから、緊急きんきゅうの呼び出しが……!」

秘書が、あわただしく飛び込んでくる。

廊下ろうかは、右往左往うおうさおうする議員たちの、怒号どごう足音あしおとで、あふれ返っていた。


麗奈は、くちびるんだ。

法務部会ほうむぶかい追放ついほうされた自分は、もはや、この政局せいきょくの「当事者とうじしゃ」ですらない。

だが、このまま、内閣ないかくが「解散かいさん」を選べば——。

三週間後。

冴が、命をけずって勝ち取ろうとしている、あの「判決」は、紙クズになりかねない。


(……それだけは、させない)


麗奈は、事務所じむしょを飛び出した。

政治家せいじか・天羽麗奈としての、公式こうしきの“ちから”は、失った。

だが、彼女には、まだ、父がのこした「人脈じんみゃく」と、七瀬紗良と「共犯きょうはん」であるという、裏の“情報じょうほう”がある。


麗奈は、党内とうないの、自分と同じ「春風会しゅんぷうかい」(リベラル派)の、中堅ちゅうけん若手わかて議員を、片っかたっぱしから捕まえた。


「……あわてては、ダメ」

「……不信任案ふしんにんあんは、“かず”の上では、必ず否決ひけつされる。新和党しんわとうは、おどしをかけているだけ」

「……ここで、総理そうりに“解散かいさん”という「大義たいぎなき暴挙ぼうきょ」をゆるしたら、つぎ選挙せんきょで、私たちが、国民から見放される……!」


麗奈は、法務部会ほうむぶかいの「空席くうせき」(象徴)に追いやられた“亡霊ぼうれい”として、党内とうないの「火消ひけし」に、必死ひっしで走っていた。


その、異常な動きを、鷲尾泰臣わしお たいしんの「」が、見逃みのがすはずがなかった。


国会こっかい内の、薄暗うすぐら階段かいだんおど

麗奈は、鷲尾と、鉢合はちあわせになった。


「……鷲尾先生」

「……随分ずいぶんと、あわてているな、天羽くん」


鷲尾は、ややかに言った。


「君が、あの七瀬ななせ小娘こむすめと、裏で“はし”をけていたことは、知っている。……この“政局せいきょく混乱こんらん”こそ、君ののぞんだものではなかったのかね?」

「……!」

「……とう裏切うらぎり、外圧がいあつで、党(うち)をこわそうとした。……その“ツケ”が、回ってきただけだ」


「……私は」

麗奈は、鷲尾の、その絶対的な「秩序ちつじょ」の目を、真っ直ぐに見返した。

「……私は、とうを、こわしたいのではありません。……“解散かいさん”という、最悪さいあく選択せんたくから、とうを、お守りしたいだけです」


「……守る、だと?」

鷲尾は、鼻で笑った。

「君の言う『守る』は、信用ならん」

鷲尾は、麗奈を突き放すように、階段を登り始めた。


その時だった。


「……っ、ゴホッ、……ゴホッ、ゲホッ……!」


鷲尾の背中せなかが、丸まった。

ふかく、かわいた、いやせき(聴覚)が、おどひびいた。



「……先生?」

麗奈が、いかける。

「……何でもない」

鷲尾は、せき無理矢理むりやりねじせ、胸元むなもとを押さえながら、振り向きもせず、その場を去っていった。

麗奈は、その、つねに「いわ」(メタファ)のようであった男の、一瞬いっしゅん見せた「もろさ」の“かげ”を、見逃みのがさなかった。



***


(総理官邸・執務室 / 深夜)


「——だから、解散かいさんしかない、と言っている!」

総理大臣は、苛立いらだちをかくさず、灰皿はいざら煙草たばこけた。


目の前には、麗奈が、派閥はばつ幹部かんぶからの「言伝ことづて」という、苦肉くにくさくで、無理矢理むりやり、押しかけていた。


総理そうり、お待ちください」


麗奈は、一歩いっぽも引かなかった。


「七瀬代表の“おどし”は、ブラフ(はったり)です。彼女たちも、今、解散かいさんすれば、選挙せんきょ議席ぎせきうしなう。……不信任案ふしんにんあんは、否決ひけつされます」

否決ひけつされたら、それで終わりか!?」


総理が、怒鳴どなった。


与党よとうの、連立れんりつパートナーが、内閣ないかくに“反旗はんき”をひるがえしたのだぞ! このまま、政権せいけん維持いじできるとでも!」


「……ですが、総理そうり


麗奈は、食い下がった。


「今、解散かいさんつ“大義たいぎ”が、ありません。国民こくみんは、納得なっとくしません」


総理は、麗奈を、つめたく見下みくだした。

「……天羽くん。君は、まだ、父上ちちうえのようには、なれんな」

「……」

「“大義たいぎ”は、さがすものじゃない。“つくる”ものだ」


総理の目は、すでに、次の「選挙せんきょ」という“戦場せんじょう”を、見据みすえていた。

(……ダメだ)

麗奈は、さとった。

(……この人は、解散かいさんする気だ)

(……司法しほう判決はんけつなど、つ気はない……!)



***


(都内タワーマンション / 深夜)


麗奈は、あの「合鍵あいかぎ」がかれた、まりかえったリビングで、一人、立ち尽くしていた。

万策ばんさくきた。

政治せいじの「あらし」は、司法しほうの「ひかり」を、待ってはくれなかった。


スマートフォンが鳴る。

『桐谷 冴』

麗奈は、今、この世界せかい一番いちばん、聞きたくないこえの、その名前なまえを見た。

(……何て、言えばいい)

(……あなたの、三週間後の“勝利しょうり”は、私の“敗北はいぼく”で、する、と)


意をけっして、電話に出る。

「……冴」

『麗奈。……ニュース、見たわ』

冴の声は、意外いがいなほど、冷静れいせいだった。

あの、大法廷だいほうていでの弁論べんろんえた、戦士せんしの「静寂せいじゃく」が、そこにあった。


「……そう。……見たのね。……不信任案ふしんにんあん

『……ええ。……大変たいへんそうね、政治そちらは』


「……冴」

麗奈は、絞り出すように言った。

「……ごめんなさい。……私、……間に合わない、かもしれない」

『……』

「……総理は、解散かいさんするわ。……あなたの“判決はんけつ”が、出る前に」


受話器じゅわきの向こうで、冴が、息を吸う音がした。

麗奈は、冴の、絶望ぜつぼうか、いかりの声を、覚悟かくごした。

だが、返ってきた言葉は、予想よそうもしないものだった。


「……麗奈」

冴の声は、変わらなかった。

「……それは、あなたの“たたかい”よ」

「……え?」


わたくしの“たたかい”は、あの法廷ほうていで、終わった」


冴は、静かに、しかし、絶対的な確信かくしんを持って、言った。


「**政治せいじは、まっても、判決しんぱんけつは、まらない**」


「……!」

「三週間後。……あの十五人が、この国の“のり”を、しめす。……たとえ、その時、国会こっかいが、解散かいさんしていたとしても」


(……ああ、そうか)

麗奈は、目を見開いた。

(……そうよ。……判決はんけつは、出る)

(……法律ほうりつは、作れなくても、……司法しほうの“答え”は、出る……!)


麗奈は、電話を切った。

冴の、その、るがない「のり」の“ひかり”が、今、政局せいきょくの「やみ」にいた麗奈の、足元あしもとを、らした。


(……解散かいさん上等じょうとうよ)

(……判決はんけつという“爆弾ばくだん”を、かかえたまま、選挙せんきょに、突入とつにゅうさせてやる……!)


麗奈の目が、再び、政治家せいじかの「ひかり」をもどした。

その時だった。


テレビが、臨時りんじニュースのチャイムを鳴らした。


『——速報そくほうです! 先ほど、大和民政党やまとみんせいとう党大会とうたいかい会場かいじょうで、同党どうとう鷲尾泰臣わしお たいしん元幹事長もとかんじちょうが、演説中えんぜつちゅうに、たおれました!』


『——鷲尾氏、意識不明いしきふめい模様もよう東都大学病院とうとだいがくびょういんに、緊急搬送きんきゅうはんそう!』


「……え……!?」

麗奈は、そのニュース速報そくほうに、釘付くぎづけになった。


政局せいきょくの「天秤てんびん」が、今、想像そうぞうもしなかった、別の「おもり」によって、激しく揺れうごき始めた。



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