第5話 魔法と想像
――剣の特訓を初めて、2ヶ月が経った。
今、俺の手には毎日の素振りで出来た血豆の跡が残っている。
毎日続けた素振りと筋トレのおかげで、もはや剣の重さを苦に感じることは無くなった。
師匠との軽い模擬戦もこなせるようになって、打ち合うことも出来るようになった。
少しずつだけど、剣を振るたびに自分の力を信じられるようになってきた気がする。
強くなりたい――そう思い始めていた。
◆◇◆◇
「ハァ……ハァ……」
長引く模擬戦に息が上がる。
それでも俺は何とかして、一太刀だけでも浴びせようと剣を振り上げる。
「剣筋は良いが……」
師匠は俺の木剣を素手で掴んだ。
何十回、何百回と師匠と戦ったが、一太刀も浴びせられたことがない。
ちっとも勝てる気がしない……。
悔しくて、そのまま庭に大の字に倒れ込んだ。
「そんなに気を病むな。お前は強くなっている」
師匠は俺の頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
それから師匠は木剣を壁に立てかけると、真っ直ぐ俺の目を見た。
「さて、今日から新しいことを教えるぞ。……魔法だ」
魔法!
俺はガバッと起きて師匠の言葉に前のめりになった。
「お、興味あるみたいだな」
そう言うと師匠は、紙を取り出して何やら絵を描き始める。
何だこれは……わ、分かりにくい。
多分……人の絵?
体の横から生えているのは足?手?
「よし、説明するぞ」
師匠は更に壺の絵を書き足した。
どうしよう、この絵が正しいかどうかも分からないのに絵が増えていく。
でも師匠がウキウキで描いてる絵だから、分からないって言わない方がいいかな?
よし決めた。絵は無視して後でまた聞こう。
「魔法は、目には見えない空気中にある“魔法の素”を集めて発動するものだ」
師匠は人の絵の周りに丸を沢山描いた。
あーーどんどん、絵がぐちゃぐちゃになっていく……。
「自分がどれだけ“魔法の素”を集められるかは、自分の器の大きさによって変わる」
師匠はさっき描いた壺の隣に一回り小さい壺を描く。
「強い魔法は多くの素を必要とする。器が小さい人間は強い魔法を撃てない」
そして小さい壺にばつ印をつけた。
すぐ消すなら、その小さい壺の絵は必要なかったのでは?師匠。
なんだか、落書きみたいになってきたぞ。
師匠は「話を聞け!」と言って、俺の頭にゲンコツを喰らわせた。
「まず器の大きさの計り方を教えるぞ。魔法の素を感じ取って、それを体に取り込むんだ。取り込み続けていると、その内気持ち悪くなるはずだ。それが自分の器の大きさの限界値だ。やってみろ!」
やってみろと言われても……そもそも魔法の素が分からない。
「魔法の素ってどんなものですか?」
早速、師匠が絵で説明しようとしたから、俺は慌てて師匠を止めた。
危ない、危ない。
またよく分からない絵で覚えさせられるところだった。
「じゃあ、魔法の素を取り込んだ時の師匠の感覚を教えてください」
感覚なら絵じゃなくても伝えられるはず。
「体が熱くなる。そんな感じだ」
よし、熱さを感じられれば良いんだな。
熱か感じるのが魔法の素。
「どうやったら魔法の素を取り込めますか?」
「息を吸う感じだ」
なるほど、やってみるか。
目を閉じて、自分の周りに意識を向ける。
そうすると、熱い何かが体を包んでいるのを感じた。
多分、これが魔法の素だと思う。
――それを、自分に取り込む!
体の奥が次第に熱くなっていくのを感じる。
これが……魔法の素。
魔法の素に包まれて、少しだけ心地良さすら覚えたが、それも束の間――込み上げて来た吐き気に襲われた。
「オエッ」
腹一杯飯を食べた時みたいに、腹の底から何かが迫り上がってくる。
「なんとなく分かったか?」
師匠は、吐きそうになっている俺に話しかける。
「はい、なんとか」
吐き気を抑えながら答える。
「吐きそうになっているのは、器が魔法の素で満杯だからだ。次は、それを消費するぞ」
師匠は手のひらを空に向ける。
「【ファイア】」
手から放たれた火球が空に消えていく。
今のが魔法か……。
「小難しくて長い呪文を唱えれば、威力は上がるが……まぁワシは覚えとらん」
俺は見よう見まねで手のひらを空に向けて、呪文を唱えてみた。
いでよ!俺の必殺魔法!
「【ファイア】!」
魔法の素が消費されて、吐き気がおさまる。
だけど、なぜか魔法は不発した。
え、なんで?
「魔法の素を魔法に変えるにはコツがいるんだ。まぁまずは自分で試してみろ」
師匠は残念がる俺の肩をポンポンと叩いた。
この日は一日中、不発する【ファイアー】を撃ち続けた。
けど手のひらに残る、じんわりとした温かさが俺を挫けさせなかった。
絶対、魔法を使えるようになってやる。
最後にもう一度やってみるぞ。
◆◇◆◇
俺は晩飯のテーブルで項垂れていた。
「ぐあぁぁぁ!難しすぎる!」
魔法ってもっとこう、呪文を唱えたら簡単に使えるものだと思ってた。
「ピート、魔法は想像が大切だ!魔法の素を、呪文や想像で補って具現化するのが魔法だからな」
「想像?」
「そうだ。火球を上手く想像さえできれば、呪文なしでも放てるぞ」
想像だけで発動できるのか。
火球……火球
火球ってなんだろ……花火?
「あ、出た」
目の前に火球が出現して、パチンと弾ける。
あれ?凄く簡単だ。
「ピート……お前」
師匠の目がまんまると開いている。
「剣はサッパリだったが、魔法は向いてるかも知れんぞ!」
え、俺って……剣の才能なかったの?
そんな心の声がこだました。
◆◇◆◇
――次の日の朝、俺は早速、魔法を試すべく庭に出た。
魔法は想像……魔法は想像。
集中して、体に魔法の素を取り込む。
まずは火球から。
ボッ!
手のひらから火球が放たれる。
「うおー!できたぞー!」
昨日の夜にコツを掴んだからか、直ぐに魔法が発動できた。
というわけで、色々試してみることにした。
「出てこい、四角い火!」
呪文なのかどうかも分からない、ただの言葉。
だけど想像力によって、それは発現した。
「出た……四角い火だ」
球ではなく、角がある火だ。
形を変えることも出来るんだ……。
魔法ってすげー!
もしかして、ドラゴンの形をした魔法とか出せるんじゃないか?
魔法の素を取り込み、頭の中にドラゴンを想像する。
翼があって、尻尾があって、牙があってカッコいい生物……。
「いでよ!ドラゴン!」
火のドラゴンは、とてもドラゴンとは呼べない不恰好なドラゴンだった。
それは手のひらから飛び出し、空の彼方へ消えていった。
変なドラゴンだったけど、本当に何でも作れるんだ……。
胸の奥が沸々と熱くなっていくのを感じる。
これだ!俺はこのワクワクを求めていたんだ!
火の鳥!火のライオン!
思いつく限り、次々と作っていく。
どれも不格好だけど、形になっている。
ふとあることを思いついた。
火以外の魔法も使えるんじゃないかって。
まだ師匠からは火の魔法しか教えてもらってないけど、本当に魔法が想像で何でも出来るなら、もしかして。
水球……水球……水球。
火球と同じように水球を想像する。
パシャッ!
水飛沫と共に水球が手のひらから飛び出した。
出た、成功だ。
もしかして、魔法の色も変えられるかな?
手のひらを空へ向ける。
「いでよ、青い火!」
ボッ!
神秘的な青色の火球が空高く登っていく。
「これが魔法……」
登っていく青い火球を見つめながら、自由な魔法に心を踊らせた。
最後に大きさを試してみることにした。
「もっと大きいドラゴンを出してやるぞ〜」
「いでよ!ドラゴン!」
だけど、ドラゴンは出なかった。
なんでだ……?
完璧な想像だったはず。
「それは器の問題だな」
「師匠!いたんですね」
いつの間にか家の裏口に師匠が立っていた。
師匠がいたことに全く気づかなかった。
それにしても……器か。
「おおよそ、ピートが出そうとしたドラゴンが、器より大きいものだったんだろ」
なるほど……器以上の想像をしたから、魔法の素が足りなかったんだ。
でもそれだったら、俺は俺の想像以下の魔法しか使えないのか?
「器って大きくできますか?」
「できるぞ。器は人の成長と共に大きくなっていくものだからな」
ということは今の俺は、これ以上大きな魔法を撃つことはできないってことか……ちょっとがっかりだ。
「よし、今日はここまでだ。まずは自分の器の範囲で、魔法を自在に扱えるようになれ!因みに、高度な魔法技術はワシには教えられん!」
師匠は家の中に入っていった。
俺はまだまだ魔法で試してみたいことがあったけど、今日は終わりにした。
だって、楽しみは――長く続いて欲しいからね。
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