第34話 カナ、静かに落下 ― 観測官は着地も丁寧に

風が鳴る。

光が渦を巻く。

異世界転生にありがちなエフェクトだが、

カナはきちんとノートに書き留めていた。


「……落下速度、安定。視界、回転。感情、

 わりと平常。」


リクなら叫ぶ。

ジロウなら逆立ちして落ちる。

ミナなら「重力場の乱流です」とか言う。


カナは静かに落ちた。


ふわっ。


草の匂い。

やわらかい土。

鳥の声。


「……あ、着地成功です。」


リクとは違う。焦げも煙もない。

ジロウみたいに転んでもいない。


カナはスカートの裾についた草を払った。


「ここが……異世界。」


めずらしく胸が高鳴った。

見渡せば丘。

遠くに森。

その奥には村らしき屋根。


「記録官としては……見学のしがいがありますね。」


彼女はノートのページを開く。


「――異世界の初期観測を開始します。」


*草の種類:こちらの植物は地球種と類似。

*空の色:わずかに青が深い。

*魔力濃度:ジロウのテンションくらい高い。


「なるほど……ジロウさんレベルなんですね。」


なんとなく嫌な予感がする。


ページをめくる前に――影が揺れた。


ぼよん。


「……はい?」


足元で、なにかが震えた。


透明なゼリーの塊。

角度によって七色に光る、小さなスライム。


『……コンニチハ。』


ぴょん。


カナのスカートにぶつかった。


「……スライムさん。あなたは……敵ですか?」


『……ナカマノニオイ。』


「え?」


スライムは彼女のノートを覗きこむように揺れた。


『……ミナ、ノニオイ。スコシ、スル。』


カナは固まった。


(ミナさんの……匂い?)


いや、AIに匂いはないはず。

だが――


ぽよん。


スライムがカナの足に巻きつく。


『……オカエリ。』


「え……リクさんと同じ挨拶……?」


そこで気づいた。

スライムの背……ほんの小さい紋様。


《コメット》の風鈴マークに似ている。


「……これは、意図的ですね。」


カナは静かに結論づけた。


「リクさんたち、絶対近くにいます。」


スライムがぽよんと跳ねる。


『……アンナトコ、イッタ。』


「案内してくれるんですね?」


『……ウマレカワッタ、チカラ。』


カナは笑った。


「心強いです。では、一緒に行きましょう。」


スカートをはためかせ、ノートを握り、

カナはスライムと並んで歩き始めた。


観測官の旅が――静かに始まる。

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